第五十一話 The light called ”you” 4
その躊躇の念は別に、玲さんの予想する通り手紙の内容が玲さんに対する理央さんからの恨み辛みを書き連ねたもので、その怨念とも言える内容を恐れるあまりに手紙を読む事を躊躇っているといった種類の躊躇ではなく(多少なりとも恐れというものはあるけれども)、理央さんとまるで面識の無い僕が玲さんを差し置いて、いの一番に理央さんからの手紙を読んでしまってもいいのだろうかという、二人の深い間柄を知ってしまっているからこその、遠慮の意を込めた躊躇だったのだ。
僕如きが、玲さんと理央さんの間柄に割って入れるような人間でない事も大いに理解している。 大いに理解しているからこそ僕は、その手紙を一人で読む事に難色を示してしまっているのだ。 そうして僕が黙りこくっているのを見かねたらしい玲さんは、再び口を開き始めた。
「正直、手紙の内容が私の予想通りだった場合、君にも辛い思いをさせちゃうと思う。 はっきり言って君は私と理央との関係にまったく関わりがないから、そういう立場の君にこんな無茶を言うのは筋違いだとも理解してる。 だから、無理にとは言わないよ。 私に気を遣わないで、無理なら無理って言ってくれたら――」
「――いえ、僕がそうする事によって玲さんが少しでも救われるのなら、僕が、その手紙を読みます」
何も不安が無かった訳ではない。 場合によっては玲さんに向けられた怨念を僕が引き受ける事となるやも知れないから、生半可な覚悟では臨めないとも理解していた。 けれども僕は僕の隣で身体を震わせて怯えているこの人を、守ってあげなければならないと思った。 心の中で、今の玲さんを救えるのはこの世界でただ一人、僕しかいないとさえ嘯いた。 だから僕は僕が傷つく事すら厭わずに、玲さんの懇願を改めて受け入れた。
「ほんとに、いいの?」
玲さんは甚だ心配そうに、僕に確認を取ってくる。
「はい。 それで玲さんが一歩でも前に前進出来るのなら」
しかし僕の決意は微塵も揺るがなかった。
「ありがとう。 それじゃあ、開けるね」と言った後、玲さんはとうとう例の封筒を破りかけの場所から開け始め、そうして、封を破り終えた玲さんは大きなため息をついた。 手紙は僕が確認する事になったとはいえ、きっと玲さんにしてみれば、この幅の狭い封筒の封を切る事だけでさえも神経を磨り減らす大仕事だったに違いない。
「大丈夫ですか、玲さん」
玲さんの顔色の優れないのを見かねた僕は、玲さんの精神を労わった。
「……うん、大丈夫」
僕の目には決して大丈夫そうには見えなかったけれど、玲さんも覚悟の上で理央さんの手紙を確認しようとしているのだから、その覚悟を蔑ろにする事は僕には出来ない。 だから僕はそれ以上何も言わず、玲さんを見守った。
「じゃあ、確認してもらっても、いいかな」と言って、玲さんは封筒を僕に手渡してきた。 僕は「わかりました」とだけ答えて封筒を受け取り、まず封筒の中身を調べた。 そこには手紙らしき白い紙が封筒に入れる目的のため三つ折か四つ折くらいに畳まれて入れてあった。
僕はその紙を封の中から慎重に引き出し、自身の手元に収めた。 手紙は重ねて都合二枚入っているようだった。 万が一に手紙の内容が自分の目に見えてしまう事を恐れているのか、玲さんは首を少し左の方に回して僕の方を見ないようにしていた。 そうして、いよいよ手紙を読もうとした直前に、僕は玲さんに確認しておかなければならない事項があった事を思い出した。
「玲さん。 もしこの手紙が本当に玲さんの予想通り、玲さんへの恨み辛みが書かれていたものだった場合、僕はどうしたらいいですか。 そういう内容だったと、素直に伝えても大丈夫ですか」
玲さんは十中八九この手紙が理央さんからの恨み辛みの書かれた手紙だと思い込んでいる。 だからこそ彼女は僕に手紙の内容の検知を委ねた。 そして本当にそうであった場合、玲さんはその事実を知るつもりなのだろうか。 その点はあらかじめ確認しておかなければならなかった。
そもそも僕が手紙の内容について何も口にしなかったとしても、『この手紙は玲さんに見せられるものではない』と玲さんに伝えてしまった時点で、手紙の内容が彼女の予想するそれである事は敢え無く発覚してしまう訳だけれど、それでも直接的に手紙の内容を伝えるよりかは遥かに精神的にも優しいだろうから、僕の配慮の無い態度や言葉で玲さんを不必要に傷付けてしまう前に、玲さん本人に要望を聞いた方が僕の為にも彼女の為にもなるだろうと僕は考えていたのだ。
「……もし、その手紙が私の予想する通りの内容だったら、書いてる文章とかは伝えないで、中身がそういう内容だったっていう事だけ私に教えて。 それから手紙を封筒の中に戻して、机の上にホッチキスがあるから、それで開封口を完全に固めた後、そのまま机の上に置いといて。 私にはあの子が受けた苦しみと同じ思いを味わわなくちゃいけない責任があるから、直接手紙を見る勇気がない分、一生その痛みを背負っていくつもりだよ」
「わかりました。 あと、手紙の内容がそれ以外だった場合、玲さんに見せていいのかどうか、どう判断しますか」
「そうだね。 それはもう、君の判断に任せるよ」
「いいんですか」
「うん。 君が私を何度も信じてくれたように、私も君の事を信じてるから」
「……わかりました。 じゃあ、読みます」
そうして僕は折り畳まれていた手紙を元の通りに開き直し、いよいよ手紙の内容に目を通し始めた。




