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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第二部 私(ぼく)を知る人、知らぬ人
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第十二話 忘却 3

「ん~、やっと昼かぁ。 腹減ったぜー」


 たった今四時間目の授業が終わった。 それから間もなく僕の真後ろから三郎太の気の抜けた声が聞こえて来る。 その声色から、大方背伸びでもしながらだらしなく口を開けているであろう姿が振り向くまでも無く想像に見て取れた。


「ユキちゃーん、食堂行こうぜー」

「うん、行こうか」


 普段通り三郎太に誘われて席を立ち上がると、机上に弁当の包みを用意している古谷さんの姿が目に留まった。


「古谷さんって、お弁当なんだね」

「はい、いつもお母さんが作ってくれるんです」


「そうなんだ」と僕が返していると、横合いから三郎太が僕の体に肘をぐいぐいと何度か押し当てつつ耳元で「一人で食べるのも寂しいだろうし食堂に誘ってやれば?」と小声で僕にうながしてくる。 なるほど三郎太の言う事も一理あった。

 食堂は主に弁当を持参しない生徒が利用する場所ではあるけれど、中には友達との兼ね合いで弁当を持ち寄って食堂まで付き合うという生徒の姿もこれまでに何度も目にしてきた事から、食堂で持参の弁当を食べるという行為は別段風変わりという事は無い。 だから、


「僕達これから食堂に行くんだけど、もしよかったら古谷さんも一緒に行く?」

 僕は三郎太の提案通り、彼女を食堂へと誘った。


「え? でも私お弁当が」

 恐らく食堂に行った事が無かったのであろう彼女らしい返答である。


「友達の付き合いで弁当持ちの人も結構食堂で弁当食べてたりするから、別に食堂で弁当を食べるのはおかしい事じゃないよ」と僕が彼女の懸念を振り払うと、古谷さんは、


「じゃあ、一緒に行ってもいいですか?」と言いながら、机の上で開きかけていた弁当の包みをもう一度くくり直し始めた。 どうやら承諾してくれたらしい。 それから彼女が包みを括り終えたのを見計らって僕は「うん、行こう」と微笑みかけた。



「食堂って初めてだから、何だか緊張します」

 食堂に向かう途中の廊下で、古谷さんが臆病そうに呟いた。


「弁当持ちなら用事ないもんなぁあそこ。 上級生も普通に居るから、食堂に着いたら目ぇ付けられないように下向いて歩かないといけないから気をつけてな、千佳ちゃん」


「ええっ?! そんなに怖い場所なの? そんな場所で弁当なんて食べてたら怒られるんじゃ……」


「三郎太、馬鹿言って古谷さんを怖がらせるのは止めてあげなよ。 ――大丈夫だよ古谷さん、確かに上級生は居るけど、三郎太の言うような威圧してくる先輩なんてこれまでいた事無いから安心して」

 三郎太の妄言を制しつつ僕が食堂事情を説明すると、古谷さんは「それならよかった」と安堵の笑みをこぼした。


 それにしても三郎太は、相手に言われた事を疑いもせず何でも信じてしまうのある純粋な古谷さんに対しいささか冗談の度が過ぎるようだ。 今後また彼が軽薄を働いて彼女をおびえさせるような場面があればきゅうえてやらなければならないなと思考を巡らせていた矢先、何故僕は彼女を庇護ひごするような思考に行き着いたのだろうと首をかしげた。 いや、首を傾げるまでも無く、単に三郎太の悪乗りに古谷さんが振り回されてしまう様を見たくないからだろう。 では何故、彼女がそうなってしまう事を嫌悪しているのか。 その心持はどういった感情から生まれたものなのだろうか。 いつの間にか僕は僕に尋問されていた。


 何も、僕の不断具合は今に始まった事ではなく、僕は昔から自分の心情の位置を見失ってしまう事が多々あった。 自分で導き出したはずの答えが何処どこから沸いて出てきたのかさっぱり理解出来ない時があるのだけれど、例によって今回も僕は出所不明の心情に置いてきぼりを食らって迷子になっていて、そういう時、決まって僕は手探りで自身が納得しる正解を探し出すのだ。


 その方法とは、正解になり得る素材を片っ端から思考に浮かび上がらせ、その中で最も自身を納得させられるものを厳選するという、いわゆる消去法である。 今回も例にならい、僕は正解になり得る素材を脳裏に浮かばせた。 数多あまたの素材達は消去法というふるいに掛けられ次々に脱落してゆき、そうして最後まで篩の中に残ったものを、僕は大事そうにすくい上げた。


"彼女に好意を持っているから"


 ようやく導き出された答えは、僕が納得し得る正解に違いなかった。 僕は古谷さんの事を好きになろうとしていて、その上で、三郎太という天邪鬼あまのじゃくから彼女を守ってあげたいと思っている。 なるほど僕が僕を納得させる理由としては申し分ないように思われた。 ただ、一つの心残りを除けば。


 それは、僕が男として彼女を守ってあげたいと思っているのか、それとも女として守ってあげたいと思っているのかという今の僕が最も欲している答えであったけれど、こればかりは篩に掛けたとしても粒子が極小過ぎて、最早篩の意味を成さない。 つまり、僕自身でさえも判定のし切れない難題中の難題だったのだ。


 けれども、いては事を仕損じると故事にあるように、気にしないと言えば嘘にはなるけれど、はやって答えを導き出そうとも決して思わない。 何故ならその答えは、これから僕が古谷さんと交流していく中でおのずと見えてくるはずだと信じているからだ。 その答えがどちらに転ぶのかは今の僕には判然としないけれど、例え泥水をすするような思いをさせられようとも、いずれはきっと思いの方向に転ばせてやるさと、二人のあずかり知らない胸中で気炎を吐いた。

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