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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 70

 それから時は過ぎ――ようように一か月間の謹慎を終え――その二週間後に一般入試にのぞみ――自身の中で結果の分かり切っていた合格発表の結果をこの目で確かめて――そうしてその翌週、私は中学校の卒業式に卒業生として出席していた。


 余談ではあるけれど、私の右手指の骨折は謹慎中に完治していた。 骨折は完治したけれど、約一か月間丸々小指と薬指を固定していてすっかり指の筋肉が固まってしまったのか、以前のように指を動かす事が出来ず、今後はリハビリが必要だと医者に言われていた。


 なるほど多少指の使い勝手に不便は残るけれども、治療中は入浴中以外絶えず包帯を巻いていてほとんど右手を使えなかった事を思えば、手の自由はほぼ取り戻せたと言っても良い。 あの怪我がここまでの大事になるとは思いもしなかったけれど、それは私の引き起こしてしまった結果だから、あの時の痛みもリハビリも含めて甘んじて受け入れた。


 それにしても、思えばこの三年間、あっという間だったような気がする。 そう思えてしまうのは、きっと理央の存在があったからだろう。 入学式の日に理央と出会ってからの私の体感時間が急激に加速したのはまぎれも無い事実だ。 それだけ私は理央と過ごす時間を楽しんでいたに違いない。


 そうした事を校長先生の式辞の最中に考えていた最中さなか、ふと私は首を少し回して右隣の席を見た。 そこにはクラスメイトの女子が着席していた。 もし、理央が生きていて、卒業式の日の席順が私の隣だったら、理央は校長先生の式辞すらそっちのけで私に話しかけて来ただろうかと、私はまた有りもしない『もし』を心の中に巡らせた。


 入学式の時はあれほどわずらわしく思えたのに、いざ私の右隣に理央が居ないとなると、とても寂しい気持ちになる。 覚えずうるんでいた瞳から、一筋の涙が頬をつたった。 やはり私は生来涙もろい性質なのだなと、今度は心の中で言い訳をせず素直に私の涙脆いのを認め、受け入れた。


 それからも卒業式は粛々(しゅくしゅく)と進められ――とどこおりなく閉会を迎えた。 卒業式を終えた後、私たちは教室へと戻り、クラスメイト及び先生との最後の時間を過ごした。 最後と言っても、この教室に居るクラスメイトの大半はそのまま内部進学する筈だから、春休み中のしばしの別れといったところだろう。 けれど私にとってはきっと彼らとは今生こんじょうの別れとなるだろうから、出来る限りのクラスメイトと別れの挨拶を交わした。


 中には私の怪我や謹慎を心配してくれた女生徒たちも居て、理央だけでなく、もう少しクラスメイトとも級友として向き合っていれば良かったなと、最後の最後に悔やんでしまった。 それから最後の締めくくりとして荒井先生が私たちへ向けて、以下の別れの言葉を残した――


「私にとってこの三年間は、とても充実した時間でした。 私もみんなが入学した時期にこの学校へ配属された新米の教師で、担任として生徒を受け持った事は無かったから、正直なところ、みんなとうまくやっていけるのかとても心配でした。 けど、そんな心配は一か月ほどで私の頭から消えていました。

 他の先生と違って私は比較的みんなと年が近いから、時には流行りの話題で盛り上がったり、時には私に反発して言い合いになったり、みんなからしてみれば私はあまり先生らしくは無かったのかも知れない。 でも私はそれだけ近い距離でみんなと接する事が出来て嬉しかった。

 これからの進路によって、高校生になってからもまたこの学校内で私に会う人も居るだろうし、もう、これっきりの別れになる人も居ると思う。 私もまだまだ若いから偉そうな事は言えないけど、人生っていうのは嫌でも出会いと別れを繰り返していかないといけないから、その別れのたびに悲しんだりするのは辛いよね。 だから、勝手ではありますが、私はえてさよならは言いません。

 ……っ、みんなっ! 卒業おめでとうっ! みなさん合わせて三十五名(・・・・)、私はこのクラスで担任を受け持つ事が出来た事を誇りに思います! みなさんのこれからのすこやかな成長を、私はっ、心より願っていますっ! さよならなんて言いません。 きっと、また、きっとっ、どこかで会いましょう! 以上、私、荒井悠美ゆみからの皆さんの卒業を祝う言葉でした。 ……っ、ご清聴ありがとうございましたっ!」


 荒井先生の涙ながらに心の籠った熱い言葉を聞き終えて、教室に居る生徒のほとんどが涙を流していた。 その生徒には私も含まれている。 もちろん、荒井先生の私たちを想う気持ちに心を打たれた事は確かだったけれど、それ以上に私は、先生の言葉の途中に語られたとある一文に涙をこらえ切れなかったのだ。

 それは『みなさん合わせて三十五名(・・・・)』という言い回しだった。


 今、私たちの教室には三十四名の生徒が居る。 では先生は自分のクラスの人数を数え間違えたのだろうか。 ――いいえ、数え間違えたどころか、先生はこの教室に居る誰よりも正確に、クラスの人数を把握していた。 先生は今もなお、亡き理央をクラスメイトの一人として数えていたのだ。 私はその一文を耳にした途端、涙が止まらなかった。 やはり荒井先生は私にとって理想の大人像だった。 中学最後の担任が荒井先生で本当に良かったと、心からそう思った。

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