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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 64

 それから随分と月日が経った。 期末考査が終わって間もなく冬期休暇に入って、今年のクリスマスは両親の意向もあり、二年ぶりに恒例の旅行に付き添った。 行く前まではあまり乗り気ではなかったけれど、考査中に少し勉強をし過ぎた為か自分の思っている以上に疲労が溜まっていたから、結果的に良い羽根伸ばしとなった。 正月も別段何処へ出かけるでもなく、家で家族と過ごした。


 そうして冬期休暇が明けて、三学期始業式の最中さなか、校長先生の式辞の途中に、理央の訃報ふほうが全校生徒に伝えられた。 死因ははっきり自殺とは言わず、不慮の事故とだけ語られていた。 二学期の終業式の時点で理央の長期休学はクラスの中でも度々(たびたび)話題になっていて、あらぬ想像憶測が教室内に飛び交ってしまっていたから、このタイミングで理央の死を学校側が開示したのは良い判断だったと思う。


 理央の訃報については始業式後のホームルームの際に荒井先生の口から改めて伝えられ、クラスメイトがそうした不幸に遭ってしまった事はとても悲しいけれど、起きてしまった事をくつがえす事など出来はしないし、みんなはこれから高校受験も控えているから、必要以上に気を落とさずに受験に向けて頑張ろう。 と受験生である私たちを鼓舞してくれた。


 先生も理央の真の死因を知っているだろうから、クラスのみんなの前で改めて理央の話をするのは辛かっただろう。 私が先生の立場なら、言葉の途中で泣いてしまっていたかもしれない。 けれど先生は声を震わせる事もなく先生としての責務をやりおおせた。 私は荒井先生の事をとても芯の強い人だと尊敬した。 同じ大人になるならば、荒井先生のような芯の強く明朗な大人になりたいと願った。


 そして受験生と言っても、私の通う私立中学は中高一貫の学校で、外部進学を望まない限り内申点さえしっかりとしていれば進学はほぼ確約されているようなものだったから、進学の為の内部試験は一般入試の時期にあれど、私は受験生という立場を敢えて身にまとわなかった。 たとえ三学期の始業式の日から一切勉強しなくとも進学出来る自信が私にはあったからだ。

 けれど勝って兜の緒を締めよという故事もあるから、高校でもA特待制度を確実に受ける為、進学試験後の学年末考査を含め、最後の最後まで気を抜くつもりは更々(さらさら)無かった。


 そうして迎えた一月某日。 内部進学試験は私の想像以上にあっさりと終わった。 肩透かしを食らうほどに他愛も無い試験内容だった。 特定の教科は満点を取っているんじゃないかしらと心の中でのたまってしまうほどに試験の結果に自信があった。


これで高校に進学後も私のA特待は揺らがないだろうと安堵した。 この調子ならば三月の初めに行われる学年末考査は進学試験ほどの勉強は要らないだろうと、進学試験の内容から学年末考査の試験内容を値踏みする余裕さえあった。


 それから進学試験を終えた次の週。 その日は朝からすこぶる天候が悪かった。 幸い私の学校へ登校するまで雨は降らなかったけれど、一時間目が始まって間もなく、教室の電灯を点けなければならないほど空が暗雲あんうんに覆われて辺りが暗澹あんたんとして間もなく、屋根を突き抜けんばかりの雨足の太い豪雨が降り注ぎ始めた。 三時間目の体育は体育館でバレーに違いないと勘定しつつ、私は雨のやかましいのを絶えず耳に許しながら授業にいそしんだ。


 一時間目が終わって、私はお手洗いへと向かった。 変わらず外は土砂降りのようだった。 傘も差さずに外へ出ればものの数秒で全身ずぶ濡れになる事だろうと想像しつつ雨足の太いのを横目に見ながら廊下を歩いた。 そうしてお手洗いを済ませ、教室へ戻っている最中さなか、私はとある教室の前で立ち止まった、いえ、立ち止まらされた。 私の立ち止まった教室の中から、今の時期に聞こえてくる筈のない名が聞こえてきたからだ。


 その教室は三年三組の教室だった。 そして室内から聞こえてきたのは、女生徒数名の声と、その声に乗せられたとある人物の名――それは理央の名だった。 その名を耳にした途端、私はまるで金縛りにかかってしまったかのよう、その場にぴたりと足を止められてしまった。 それから私はその場で耳をそばだてて、室内で行われている会話を聞き取ろうとした。


 ――聞かなければよかった。 無理やりにでも身体を動かしてその場を去ればよかったと後悔した。 その時の彼女らの会話の内容は思い返すだけでも吐き気がするほどに胸糞を悪くさせられるから決して彼女らの言葉は一字一句たりとも正確に表現などしないけれど、そこで語られた内容を端的に並べると、会話していた一人が、理央の死が事故ではなく自殺であった事をPTA役員をしていた親から最近聞き及んだ事。


 その事実の隠蔽いんぺいを行った学校側の生徒に対する配慮を嘘つきだの私たち生徒をだましたなどとののしった事。 理央の性質についての噂を流していたのは自分だったという唐突な告白。 その結果伊藤くんと理央の関係が崩れて清々(せいせい)した、ざまぁみろという本音。 そういえば内海理央と坂井玲は昔から行動を共にしているから、ひょっとすると坂井玲あいつもそうした性質を持っていて、理央とそういう関係(・・・・・・)を結んでいたのではなかろうかという憶測。


 坂井玲あいつは内海理央が居なくなった途端に期末考査で一位を取っていて生意気だから、内海理央の時と同じたぐいの噂を流して勉強どころでは無いようにしてA特待を剥奪はくだつさせてやろうかというはかりごとくわだて。

 そして、実のところ自分自身にもそういう性質がちょっとあって、もし内海理央が自分のところに来ていたら付き合ってあげたのに自殺してしまうなんて勿体ない、などという茶化した口吻こうふんでの嘲罵ちょうば


 ――腹立たしい事に変わりはないけれど、私自身の事を悪く言われるのならばまだ容赦は出来る。 いくら以前に彼女らの広めた、理央と私の関係に関する噂が何の信憑性も無い事実無根のでっち上げだとしても、女性同士でありながら理央と肉体的な関係を結んでいた事は事実だったのだから。


 けれども、理央への悪口だけは許せない。 心底許せる筈がない。 理央はそうした根も葉もない噂に翻弄ほんろうされ、心の裂けるほどに辛く苦しい思いをした。 その果てに、自ら命まで絶った。 それでもまだ理央をおとしめるやからが居るというのであれば、私は理央の尊厳を守る為に全てを投げ打つ。 私にはそれだけの覚悟があった。


 やはり、県内屈指の難関校といえども、何の信憑性も無いくだらない噂にそそのかされて理央の心をもてあそんだあれら(・・・)といい、教室内ではばかりも無く死者に鞭打つこれら(・・・)といい、結局何処へ行こうとも、社会というの中においてこうしたやからは付きものらしい。


 その人の頭の良さと、その人の人となりの良さは、必ずしも比例するものではない。 いくら後天的に学を積み重ねようとも、心の底に根付いている本性はそう易々(やすやす)と変化するものではない。 私はこの時、これまで自分の中で散々否定し続けてきた性善説、性悪説を信じてしまいそうになった。

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