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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 52

 理央が、亡くなった。

 何故? どうして? 何があった? 死因は? 事故か? 事件に巻き込まれたのか? ――嘘だ。 嘘だこれは嘘だ何かの間違いだありえないそんな筈はない嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ誰が信じるものか。

 これは夢に違いないと乱暴に決めつけた。 夢にしても趣味が悪すぎると悪態を付いた。 きっと間もなく目が覚めて、私は学校で理央と変わりない日々を過ごすのだと信じた。


 けれど、いくら待とうとも、私は夢などから覚めなかった。

 私はたった今私の目の前で見る影も無く崩れ落ちた世界で息をして、その瓦礫がれきの山々を踏みしめている。 むしろ妄想ゆめを見ようとしていたのは私の方だったのだと、すっかり現実に引き戻された。


 そうして、理央の死を私の思考へと徐々に溶け込ませてゆく内に、私は眩暈めまいに襲われ始めた。 その場を軸に足を使って回転を続けてから制止した時に三半規管が狂って世界がくるくると回るような感覚に、ただ立ち呆けていただけの私は襲われた。 次第に眩暈は強くなり、くるくると、狂狂くるくると、私の視界を、私の世界を歪ませた。 そのうちまともに立っていられなくなるほどの眩暈を覚えた私は、膝をついてその場にへたり込んでしまった。


「お、おいっ! お嬢ちゃん、大丈夫か?!」


 突然へたり込んだ私に驚いたのか、私に真実を教えてくれた男性はひどく慌てた様子で私を気遣っていた。


「はい……大丈夫、です」

 けれど見知らぬ人に介抱されるというのはばつが悪かったから、私は眩暈が治り切っていないにもかかわらず、そう強がった。


「いやいや大丈夫な事あるものか。 顔も真っ青だし、ちょっとそこで休んだ方がいい」


 しかし男性には私の強がりなどお見通しだったようで、男性に横からひょいと身体を担がれたかと思うと、男性はそのまま移動して家の中へと入り、土間に足が付く形で私の身体を玄関廊下に優しく下ろした。


 しばし座って体を休めている内に、だんだんと眩暈が無くなってきて、それから完全に眩暈が無くなった事を認めた私は「……ごめんなさい、色々と忙しそうだったのに迷惑かけてしまって」と、私を介抱してくれた男性の作業の手を止めてしまった事を詫びた。


「何、お嬢ちゃんが気にする事じゃないさ。 こういう場面は俺も沢山見てきた。 我慢するなと言う方が酷だ」


 低くしわがれた声音で私の突発的な体調不良を正当なものだとして受け入れてくれた男性は、そう言い終えた後、少し間隔を取って私の隣に腰を下ろした。 それから少し私の方に首を回した男性は「お嬢ちゃんと理央ちゃんは、随分と仲が良かったみたいだな」と私に伝えてきた。


「はい、中学からの出会いだったんですけど、それからはずっと一緒に居るのが当たり前になってて」

「そうか。 それだけ仲が良かったんなら、余計に辛いな」と、男性は開けっ放しの玄関の先に続いている風景を遠い目で眺めていた。


 先の理央の母への対応といい、私の介抱といい、きっと今も私の心中を察してくれているのだろうと、彼のやさしさに触れたような気がしたと共に、彼の強面こわもてと対面するや否や、この人は怖そうな人だと見た目だけである程度の人となりを判断してしまった自身の軽薄さを心の中で猛省した。


「……あの、聞きたい事があるんですけど、あなたや家の周りに居た人たちは、この家の親戚の方か縁故の方なんですか?」

 それから私はこの家に辿り着く前からずっと気になっていた彼らの正体をたずねた。


「いやいや違うよ。 俺らは葬儀屋でな、明日この家で通夜をするからその準備だったり家の片づけをしてたんだ」


「そうだったんですか、さっきも理央ちゃんのお母さんと話し込んでいたので、てっきり親戚の方かと」


「まぁ血縁関係はまったく無いけど、俺としてはこの家にちょっとした縁故があるんだ」と言って、男性はその縁故なるものを簡潔に私に教えてくれた――


 自分が理央の父の同級生で、幼稚園時代からの旧友であった事。

 気の置けない仲から何度も内海家に招かれ、理央の母とも懇意にしていた事。

 病気で亡くなる前に母の手をわずらわせないよう葬儀の手続きの一切を理央の父があらかじめ手配し、葬儀の済むまでのあいだ出来る限り母を助けてやってくれと彼から強く懇願されていた事。

 理央の母が身重みおものまま葬儀を執り行った事。

 理央の父の葬儀の一週間後に理央が生まれた事。

 理央の父の没後も、度々(たびたび)個人的に内海家を訪れて理央の母を気遣っていた事。

 その際に幼き理央をあやしつけ、断続的ながら、理央の成長を間近で見守っていた事。


「――俺にとって理央ちゃんは、まるで自分の子供みたいな感覚だった。 俺は元々子供が好きでな、結婚もしてて子供も成人してるんだけど、俺はお世辞にも優しい顔じゃあ無いから、俺が子供に近づくと毎回大泣きされて参ってたんだ。 でも理央ちゃんは、俺の顔を見ても一回も泣かなかった。 それどころか俺がこの家に来るたびに俺に遊んで遊んでってなついてくれてた。 俺はそれが嬉しくてなぁ、理央ちゃんの誕生日には毎年プレゼントをあげたり、正月にはお年玉をあげたり、ほんと自分の子供と同じぐらいに俺は理央ちゃんを大切に思ってた。 ……でも、こんな終わり方ってないよな。 親より先に逝くなんて……何で、こんな事になっちまったんだろうな……」


 男性は理央への思いを感情的に語った後、目頭を押さえつつ涙ぐんでいた。 その姿を真横で見ていた私は、締め付けられるように胸が苦しくなった。 けれど私は、泣けなかった。 理央の死という非情な現実と向き合っているにもかかわらず、涙の一つも出なかった。


 私の理央に対する想いはその程度だったのだろうかと、これまで理央と過ごした時間は嘘だったのだろうかと、私の心はこれほどまでに冷徹だったのだろうかと、私は私自身の人間性をひどくうたぐった。

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