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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 50

 翌日、理央は登校してこなかった。 昨日の私の帰り際に見せた理央の活気はやはり空元気だったのだろうかと、今になって安直にあの態度を信じ切ってしまった楽観的な私を愚かだったとののしった。


 朝のホームルームが終わった後、私は担任の荒井先生に理央の欠席の件についてたずねた。 しかし先生が言うには、理央の欠席については学校にも連絡が来ておらず、ことによると理央の母が何かしらの拍子に学校へ連絡する事を忘れてしまったのかも知れない、と語っていた。 また先生は「内海さんの風邪、悪化しちゃったのかな」と理央の体調をひどく気遣っていた。


 先生は昨日私が理央の早退の理由としてうそぶいた風邪の事を信じ切っているらしく、あの場ではああ言うしかなかったとはいえ、先生を騙してしまったようでちょっとばつが悪くなった。 私は「もし理央の欠席の詳細が分かったら、私に教えてくれますか」と伝えた。 先生は「うん、わかった」とこころよく承諾してくれた。


 それから理央の居ないまま四時間目の授業が終了し、昼休みを迎えた私は食堂で昼食を購入した後、憩いの場へと向かった。

 いよいよ冬も本番で、最近はめっきり一日を通しての気温も下がる一方だったから、今年中はもうこの場所では昼食を摂る事は出来ないなと確信しつつ、しかし私は身体を震わせつつもその場所で昼食を摂った。 あれら(・・・)と鉢合わせするかもしれないから、食堂ではもちろん食べたくはなかった。 だから素直に教室で食べていれば良かったのだけれど、今は何だか一人になりたい気分だったから、私は無理をしてこの場所を選んだ。


 時折寒風が吹きすさび、非常階段の側壁を物ともせず私の身体に冷気をもたらした。 覚えず全身がぶるぶると震える。 どうして私はこんな所で一人昼食を摂っているのだろうと自身を客観的に見て、とても滑稽に思えた。


 結局荒井先生からの報も無く、私は放課後を迎えた。 帰路に就く前に理央の具合を確かめるため彼女の家を訪問しようかとも思ったけれど、精神から来る体調不良で理央が本当にとこして眠っているのだとしたら、私の訪問で睡眠をさまたげてしまう恐れもあったから、理央の顔を一目見たかったのは山々だけれど、今は理央の体調を第一に考え、私は理央の家に向かおうとしていた心を駅の方へと向き直し、素直に帰路へと就いた。


 その明くる日も、理央は登校してこなかった。 例によって荒井先生に理央の欠席についてたずねたけれど、返答は昨日と同じだった。 同じだったけれど、何故だかその時の先生の表情や態度が、いつもはきはきしている荒井先生にしてはちょっとまごまごしく見えた。 しかし私の目はその先生の変化を、丸二日も音沙汰の無い理央の体調を心より案ずるが故に表に出てしまった心配と動揺なのだと推断し、その場ではとりわけ注意を向けなかった。


 そして荒井先生と同様に、私の理央に対する心配も私の胸を覆い尽くさんばかりに膨れ上がっている。 最早ほんの少し爪の先が触れただけで破裂をまぬがれないほどに膨張は限界を極めていた。

 昨日は理央の体調を第一に考え彼女の家に訪問する事を遠慮して素直に帰路に就いたけれど、今日ばかりは理央の状態を知らないままに帰宅する事は出来そうにない。 たとえ睡眠中の理央を起こしてしまおうとも、今日こそは理央の家を訪れるのだという強い決意を私は胸中にこしらえた。


 ――そうして迎えた放課後、私は真っすぐ理央の家へと向かった。 理央の家までの道のりの途中、ふいと荒井先生の不可思議な態度を思い出した私は、いわれの無い強い胸騒ぎに襲われた。 今思い返してみれば、あの時の先生の態度はやはりどこか不自然だった。


 心配や動揺といった色は確かに感じられたけれど、その心配は理央に向けられたものではなくて、どちらかと言えば私の方を向いていた。 そして動揺の方も、まるで大事な何かをひた隠しにしようとするが為に表に出てしまった心の揺らぎのようにも受け取れる。


 ひょっとすると先生は、理央についての『何か』を既に知り得ていたのだろうか。 知っていたのならば何故先生は私にその『何か』を教えてはくれなかったのだろうか。 仮にその『何か』を荒井先生を含んだ教員全員が知り得ていて、いち生徒の私には教える事の出来ない事柄だったのだとすると、理央に関わるであろうその『何か』は、もはや私の手の及ばない場所に位置していると言ってもいい。 そう認めた途端、先にこしらえた胸騒ぎがまた一段と強く私の心をかき乱した。


 理央に一体何があったと言うのだ。 私の頭はその事ばかり考えさせられた。 けれど答えなど出る筈もなく、いつしか歩いている事さえも呑気のんきに思えてきてしまった私は、一向に収まる事を知らない胸騒ぎを誤魔化すよう、全力で走り始めた。


 鞄が邪魔でうまく腕を振れない。 マフラーの防護から外れた顔に容赦なく冬の寒風が突き刺さり、痛みさえ感じる。 脇目も振らず一心不乱に駆ける私が面白おかしく見えたのか、すれ違う人すれ違う人みな例外なく好奇の目を私に向け、私の羞恥心を助長した。 けれど私は、走った。 ただひたすらに、我武者羅がむしゃらに走り続けた。 たとえ一分でも一秒でも早く、理央の状態を知りたかったから。


 そうして、息も切れ切れになりながらも理央の家が視認出来る距離にまで辿り着いた頃、私は理央の家周辺の変化に気が付いた。 何やら家の周囲に見知らぬ車が数台止まっていたり、見知らぬ人々が家の周りを行ったり来たりしていた。 あの人たちは一体誰なのだろうと思いながら私は駆け足を止めて徒歩に切り替え、息を整えながら理央の家へと近づいた。

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