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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 42

 伊藤くんへの好意を認めたその日の放課後、私の示した方向を何の疑いも無く真っすぐに突き進んだ理央は、彼に己の想いを告げ、彼はその想いを受け取った。 晴れて彼女らは恋仲同士となった。


 食堂などでおおやけに行動を共にしていた事もあり、彼女らの間柄の親密なのは以前より同級生の間で噂になっていたようだけれど、二人が正式に恋仲になった事によってその噂はたちまち真実としてまたたく間に学校中に流布るふした。 それは注目も浴びる筈だ。 考査で万年首位の女子と三位の男子が恋仲になったのだから。


 これで伊藤くんが二位だったならばもっと反響を呼んでいただろう。 そう思うと、何だか二位の私が彼女らの仲を邪魔しているようでちょっとばつが悪いから、彼女らの恋仲の更なる発展の為に試験に手心を加えてやろうかと画策した事もある。


 けれども、私は私でA特待を維持しなければならないという使命があり、それ以前に私の性格上、いくら親友の為とはいえ勉学において手を抜くなどという愚かな事は出来る筈もなく、来月行われる学期末考査も普段通り理央を負かすつもりで勉強しようと取り決めた。


 伊藤くんと恋仲になってからの理央は、昼休みの時間はもちろん、授業の合間の休み時間にも彼に会いに行く為に彼の居る教室へと足繁あししげく通っていた。 その分、私は理央と居る時間が減った。 仕方の無い事だった。 こうなる事は、私が理央に異性への興味を持たせるよう仕向けたあの時から分かり切っていた事だ。 むしろ私はこの状況を喜ばなければならない立場なのだ。


 あの理央が、女性にしか興味を持たなかったあの理央が、早く授業が終わらまいかとそわそわして、授業が終わるやいなや私の席へと立ち寄って「伊藤くんのとこ行ってくるねっ!」とわざわざ断りを入れて今にも空へと飛び立たんかろやかさで教室を抜け出してゆく様など、一年前の私に想像出来ようか。


 理央は、本当に変わった。 私の望んだ、普通の女の子(・・・・・・)になったのだ。

 これでもう、同性同士の恋愛などという禁断の恋に身を焼かれる一方で、その関係がいつ露呈するやもしれぬ見えない恐怖に怯え続ける事も無い。 誰しもがその関係を認め、誰しもがその関係を心より祝福する。 それこそが、真の恋仲であるべきなのだ。


 けれど、何故だろうか。 私が見送る理央の背中が日に日に遠ざかってゆくような気がした。 そのまま、二度と私の手の届かないところへ羽ばたいて行ってしまうのではなかろうかと無暗に心配した。 果たして友情と愛情は天秤に掛けるにあたいするほど価値観が伯仲はくちゅうしているだろうか――否。


 天秤に掛けるまでも無く、誰しもが友情より愛情を重んじるに決まっている。 どれほど永い時間を要してつちかってきた濃密な友情をはかりの上に乗せたって、たった今生まれたばかりの愛情の乗った秤を微塵たりとも動かせやしないだろう。 それほどまでに愛情とは重く、とうといのだ。


 そこまで結論付けておきながら、私は何だかもやもやしている。 いつも私の隣に居た理央をある日突然奪われてしまったような心持がする。 理央は私の所有物などでは断じてないから、奪われるなんて表現は誤謬ごびゅうに過ぎない。


 けれども実際のところ、私は理央を求めている。 なるほど私と理央の行動を共にする時間に干渉しているのは間違いなく彼であるから、理央の友人として彼女と接する時間のかれるのは単純に寂しさを覚えるし、理央と接する時間が私より長くなりつつある彼をうらやましくも思う。


 しかしそうなる事を望んでいたのは私だ。 にもかかわらず私はこうした感情を心にこしらえている。 この感情は一体私の心で何が作用して湧いて出てきたのだろうか。 隣に理央の居ない教室で、クラスメイトの会話の声音すらも遮断して、私はひたすらに思考した。 そうして、ようやく答えに辿り着いた。


 その答えは私にとって少々歯がゆいものだった。というのも、私の伊藤くんという男性に対する妙な対抗心の正体は、一時期恋仲となっていた理央を彼に取られてしまったと潜在的に思い込んでしまったが故に発生した悋気りんき――俗にいう、やきもちだったのだ。


 まったくお粗末な話だ。 自らの意思で理央との恋仲を解消し、自らの意思で理央が男性に興味を持つよう仕向け、その果てに、私の望んだ結果が今まさに目の前で実現されているというのに、理央との恋仲を解消してから半年以上経った今も私の心は未だ、理央との禁断の情愛(アバンチュール)を忘れられないでいるというのだから。


 もうすっかり癒えたものだと思っていたのに、やはり火傷というものはそう簡単には治らないものらしい。 いえ、たとえ傷が完治しているのだとしても、火傷というものはあとが残るものだ。 そして私の心にはきっと、その時に負った火傷の痕が消えずに残っているのだろう。 だからここまでうずくに違いない。


 気が付くと、あの頃の二人に手を伸ばそうとする私が居る事に気がついた。 私はここまで自分勝手な人間だったろうかと、ひどい自己嫌悪におちいった。 ――いいえ、今更あの関係になど戻れるものか。 理央を普通の女の子(・・・・・・)にしてしまった今、私が理央の足を引っ張ってしまってどうする。 これ(・・)が正解だったのだ。


 決して、間違いなどではない。

 誰しもが認め、誰しもが祝福する、異性間の恋愛。

 それこそが、私の信じる真の恋仲なのだから。

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