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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 41

「私、伊藤くんの事が好きかもしれない」


 朝晩と肌寒さを感じ始めた霜月の始まって間もない頃、理央は一時間目が終わって間もなくの休み時間中に私をいこいの場へ連れ出したかと思うと、先のむねを私に吐露とろした。 もちろん理央の口から異性に対する好意を聞く事が出来たのは喜ばしい事だったのだけれど、先の理央の言い回しに、私はちょっと違和感を感じてしまった。


かもしれない(・・・・・・)っていうのは?」


 理央が述べた好意は、断定ではなく推測。 理央が伊藤くんという男性に好意を寄せている事は確かだけれど、その好意の出所は未だつかめずにいるという事なのだろう。 『好き』という感覚が生まれるのは自分自身からなのだから、自身の感覚であるのに推測かもしれないなどという曖昧あいまいな表現を使用するのは一般的にはおかしいのかも知れない。 けれど、その発言の出所が理央となれば話は別である。


 彼と出会う以前は男性を恋愛対象として見ていなかったがゆえに、異性に対する好意の向け方を知らない理央が自身から発せられているであろう好意の向かってゆく先を認知出来ずに見失ってしまうのは仕方のない事だ。 だから私がその好意の方向性を辿たどってあげなければならない。 それから理央はこう返答した――


 伊藤くんとは一緒に居て楽しいし、SNSのやり取りも毎回彼の方から話題を振って来てくれる。 そうやって相手が自分自身の時間を使って私という人間と接してくれているという事実が無性に嬉しく、何と言うべきか、私は誰かに必要とされているのだという感覚が湧いて来て、その感覚を辿たどってゆく内に私は彼に対する好意のきざしに気が付いた。 しかしその感覚が世間一般で言うところの異性に対する『好き』という感情なのかは分からない。 だから、玲に教えて欲しい。 私のこの感情は果たして伊藤くんへの、異性への正しい好意なのだろうか。


 ――以上の想いを私にぶつけた後、理央は私を真剣なまなしで見つめてきた。 正直なところ、私自身も異性に対して好意を向けた事は生来一度も無かったから、何の考えも無しに『それが異性に対する好意だ』などと勝手な事は言えなかった。 しかしながら、先の理央の想いを真正面から受け取った私の心は確かに彼女の強い意志を感じ取っていた。 だから、


「理央、その想いこそが男性に対する『好き』っていう感覚だと思うよ。 理央は、伊藤くんっていう男の子が好きなんだよ」


 私は私の心を打った理央の想いを、まさしく異性への好意であると断定した。 私の返答を聞いてから「……そっか。 これが男性への『好き』なんだ」と強く噛み締めるように私の言葉を受け入れた理央の顔には、徐々に歓喜の色が浮かび始めた。


 見ているこちらまで心を震わせてしまいそうな、そうした活力と生命力に満ちあふれた彼女の顔は、私のこれまで見てきたどんな理央の顔よりも美しく、可憐に見えた。 自身の好意の方向性を知った女の子というものは、もののまたたき一つの間にこれほどまで劇的に変化するものかと、私は恋する乙女の顕現けんげんを確かにこの目にえいじた。


 それから私が理央の変化に見とれていると、「ありがとね、玲」と理央が卒然と私に感謝を述べてきた。 「私、理央になにかしたっけ」決してとぼけているつもりではないけれど、私にとって理央の感謝にいわれが無かったから、私はちょっと首をかしげつつ理央にたずねた。


「したよ。 玲があの時私の心を揺さぶってくれなかったら私は多分一生男性に興味が持てないまま人生を終えてたと思う。 ここまで私が変われたのは玲のお陰だよ」


「ううん、私はきっかけを作っただけだよ。 伊藤くんと出会ってからは理央の気持ち次第だったから、結局理央が全部頑張ったって事だよ」


「もー、頑固だなぁ玲は。 そのきっかけを作れるのがすごいんだってば! きっと玲にはさ、そういう誰かの心に沈んでる無意識化の願望みたいなものを汲み取って人の心を動かす事の出来る力があるんだと思うよ。 だから素直に受け取ってよ、私のお礼」


「……」

 そこまで言われてしまったら、私はこれ以上反駁はんばくていする事など出来ない。 無論、先に理央の語った『わたしには人の心を動かす力がある』などという大それた妄言は立ちどころに突き返したくてたまらなかった。


 けれども、せっかく理央の異性に対する好意のかたちが明確になった今、これ以上私の頑固一徹をこじらせて理央に悪影響を及ぼす訳にもいかなかったから、私は「分かったよ理央、そこまで言うなら受け取るよ」と諦観の気味で彼女からの感謝を受け入れた。 理央は「うん、よろしい」と満悦気味だった。

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