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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 39

「もちろん私も無理いなんてしたくないし、理央がどうしたいかっていう気持ちが一番大切だって事も分かってる。 でも、もしほんの少しでも男性との恋愛に興味を持ってるなら、駄目元でも良いから一度くらいは経験してみてもいいんじゃないかな」


 攻めるならこのタイミングしかないと、私は理央の気持ちが揺らいでいるであろう今の間に理央の心へ更に揺さぶりを掛けた。


「……私に、出来るのかな」

 未だ迷ってはいるようだけれど、果たして理央の心は徐々に私の思う方向へ揺らぎ始めた。


「それは理央次第だから私には絶対成功するなんていい加減な事は言えないけど、理央が自分を変えたいって思ってるなら私も出来る限りのサポートはするからさ、頑張ってみない?」


「……玲が、そこまで言うなら」


 完全にこころざしを固めたという訳ではないらしかったけれど、こうして理央は例の件に対し前向きな返事をしてくれた。 それから私は昼食を食べ終えてから理央より一足先に校舎の方へと戻り、昼休みの間に小寺くんと話を付けて、それならお互いの都合が良ければ今日の放課後にでも顔合わせをしようかという話になって、私はその事をいこいの場から教室へ戻ってきた理央に話した。

 理央は「どうせなら気持ちがある程度固まってる今日の内が良い」と承諾してくれたから、私は五時間目の休み時間に再度小寺くんの居る教室へと走り、理央の承諾のむねを伝えた。


 伊藤と呼ばれる男子生徒も今日の放課後に会う事を既に承諾していたらしく、何だか話が私のえがく理想によどみなく進み過ぎて怖いくらいだったけれど、何かの拍子に理央の気持ちがころりと変わってしまわない内に彼女と彼を引き合わせる事が出来るのは私としても幸いだったから、物事がうまく進行している証だと、この出来過ぎたとんとん拍子を素直に受け入れた。


 そうして放課後が来た。 待ち合わせの場所は昨日さくじつと同じく校内の広場だった。 さすがにろくに口を利いた事も無い人間同士を矢庭やにわに二人きりで出会わせるのはお互いに気まずいだろうという事で、仲人なこうどというほど大それた役割ではないけれども、男子側に小寺くん、女子側に私がそれぞれ付き添う事となっていたから、私はホームルームを終えた後、理央と共に広場へと向かった。


 道中、理央のやや重々しい足どりから、やはりまだ決意は固め切れていないように思われた。 しかしそうなってしまうのも無理はない。 理央の場合、これまでずっと女性の事が好きて、男性にはこれっぽっちの興味も抱いてこなかった。 その理央がまさに今、自身の性質に逆らって本来興味を抱く筈の無い男という性別と向き合おうとしているのだから、緊張の一つもして当然だ――いいえ、緊張どころの話ではないだろう。


 理央の心には今、様々な負の感情がうずを巻いているに違いない。 万が一に理央が彼らの前で取り乱すような事があれば、何としてでも私が取りつくろってあげないといけない。 それが理央に対し私がしてあげられる最大限かつ唯一の助力だから。


 理央の足取りは重かったけれど、教室から広場までは数分と掛からないほどの近場だから、理央の気乗りしないであろう気持ちとは裏腹に、広場にはすぐ辿り着いた。 例の一本の木の下には既に小寺くんと伊藤と呼ばれる男子生徒らしき人物が待機していた。 私たちは彼らの元へ歩みを進め、彼らと対面を果たした。


 まずは私と小寺くんが場を温めた後、伊藤くんと理央がそれぞれ自己紹介を交わした。 伊藤くんとは私も理央も同じクラスになった事は無かったから、どこかの場面で目には付いていたのだろうとは思うけれど、口を利いた事も目を合わせた事さえも無かったから、ほとんど初対面のようなものだった。 私の伊藤くんの第一印象として、両の口角が常に程よく上がっていて威圧感などは無く、適度な温厚さを感じ取れた。 先の自己紹介の際の口ぶりも歯切れがよく好印象だった。


 外見で言えば背がほどほどに高く、理央と喋る時にはやや見下げないと目線が合わないくらいだった。 小寺くんの補足によると、伊藤くんの身長はどうやら一七五センチほどあるようで、中学生の一七五センチといえば高身長と言って差し支えないだろう。


 そして私もこの時に初めて知ったのだけれど、彼の名を聞いてから伊藤という名にどこか心当たりがあるなと思っていたら、毎度の考査で理央、私に続いて常に三番手に食らいついていたのがこの伊藤くんだったのだ。 なるほどその名に覚えがあるはずだと一人静かに心の中で首肯しゅこうを果たしていた。


 それから私は理央の様子を逐次ちくじうかがいつつ、時には理央の言葉足らずな言い回しを補足しながら話を進め――ほどほどに理央と伊藤くんが打ち解けて来た頃に、じゃあ後はお二方ふたかたに任せてという流れで私と小寺くんはその場からおいとまする事となった。 このまま理央を一人にして大丈夫だろうかという心配をいだきつつ、私は数度理央たちの方を振り返りながらも小寺くんと共に校門へと向かった。


「んじゃ俺はもう帰るけど、坂井は内海のこと待っとくの?」と、校門に辿り着いてから小寺くんが私にたずねてくる。 実際、そうしたいのは山々だった。 今すぐにでも理央の元へ引き返して彼女らの親交具合を確かめたかった。


 けれどあまり過保護が過ぎると理央の為にならないだろうと心を鬼にして「ううん、私も今日はこのまま帰るよ」とはっきり言い切った。 そうして私は校門で小寺くんと別れ、今一度だけ校門から理央の行く末がどうか良い方向へ転がりますようにと願った後、学校を去った。

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