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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 35

 同年、皐月さつきの時節の終わる頃。 私と理央は四時間目までの授業を終え、食堂で昼食を購入してから例のいこいの場へと向かった。 その日は近ごろ理央がえらくお気に召しているという流行りの歌のプロモーションビデオをスマートフォンを媒体に二人で視聴しながら昼食を摂っていた。


 私はその頃まだ流行りなどにはうとく、その歌もその時に初めて聴いて、聴き始めのメロディはえらくポップ的とでも言うべきか、そうした印象から比較的明るめの歌かと思っていたけれど、サビに近づくにつれて哀愁というものがただよってきて、肝心のサビの部分はなるほど若い世代にあつく支持されるはずだと妙に納得してしまうほどのメッセージ性が歌詞とメロディに乗せられていた。 一番目のサビを聴き終えた後、私は昼食を食べる事も忘れてすっかり動画に執心してしまっていた。


 そうして、動画が終了してから理央が「どうだった?」と私に感想をたずねてきたから、私は「うん、うまく言葉には出来ないけど、すごく切なくて、でも、いい歌だったよ」と素直に述べ立てた。 「そっか、玲も気に入ってくれて嬉しいよ」と、理央は満悦気味に微笑を浮かべながら白い歯を覗かせた。 それから今度は理央がこの曲に対する思いを語り始めた。


 この歌は失恋した女性視点の歌で――時を重ねるごとに相手への想いはつのる一方で――けれどいくら後悔したところで相手との関係は戻る訳でもなく――そしていつの日か気づいてしまった。 私は相手との復縁を望んでいるのではなく、二人で過ごしていたあの日々に手を伸ばし続けていたのだと――普段はあまり自身の温度を感じさせない理央がこうも熱く私に語ってきたものだから、理央が如何いかにこの歌を気に入っているという事が如実に感じ取れた。


「――でも最後には、過去の想いを全部振り切れてはいないけど、それでも過去とさよならをして自分の為に未来へと歩いてゆくっていう姿勢がまた良いんだよねー。 それがこの曲のイイ所なんだと思うよ。 まぁ、私たちにはまず起こらない事だね。 って事で、久しぶりに玲からのちゅー(・・・)が欲しいなぁ。 何か最近ぜんぜん乗り気じゃなかったでしょ玲。 確かに前に玲の言った通り、誰かに見つかったら危ういのは危ういけど、ここなら壁も高いし絶対バレないって」


「……ううん、キスは、出来ない」

「えー、つれないなぁ。 ほんと玲はお堅いんだから。 じゃあ今日私の家で、する(・・)?」


「……」私は無言でかぶりを振った。 私の普段とは違うお堅い(・・・)態度で何かを察したのか、次第に理央の顔から喜の色が薄れてゆくのが見て取れた。


 それから理央は私の横顔を覗き込むようにして眺めつつ「玲、今日ちょっとテンション低い? もしかして体調悪いとか」と私の身体の具合を心配してきた。


「ううん、違うよ」しかし私はたちまち理央の勘繰りを否定した。

「じゃあ、何で」


 理央は不安そうに私にたずねた。 私は一度だけ生唾を飲み込んだあと、真っすぐ理央の顔を見据えて「私はこれ以上、曖昧な気持ちのまま理央とそういう事は出来ない」と伝えた。 私の言葉に要領を得られなかったのか、理央はいっそう不安の色を濃くしつつ首をかしげていた。 それから私は以前より悩まされていた葛藤かっとうについて理央に語った。


 中学一年のクリスマスの日から、私たちは同性同士の恋愛という、いつ滑落してもおかしくはない崖っぷちを歩き続けていたという事。


 中学三年になって進路という人生の岐路きろに立たされた事で、理央との関係をいつまで周囲に隠し通せるのかという不安にさいなまれ続けていた事。


 理央の事は変わらず好きだけれど、私としては将来結婚し、子供も産み育てたいという強い願いを抱いていた事。


 そうした私の我儘わがままを貫き通した時、私は理央の恋人として相応ふさわしく、理央の隣に立てるのかという事。


 ――以上の要点を、私は簡潔に理央に聞かせた。 私の語っている間、理央は何を言うでもなく、時折目線は反らしつつも、じっと私の話を聞いていた。 これまで散々理央との関係をこころようけがってきた私が途端にこうした否定的な事をのたまえば、理央に逆上されかねないものかと一通りの覚悟は胸中にしたためていたけれど、理央らしくないと言うべきか、妙に落ち着いた理央の態度が、今の私にはかえって不気味に見えた。


 私が言葉を終えた後、しばし沈黙が続いた。 理央と顔を合わせていられなくなった私はつい、彼女から顔をそむけるよう真正面を向いた。 出来る事ならば、両耳もふさぎたかった。 いよいよ開かれるであろう理央の口から放たれる私への返答を、恐れていたからだ。 もう、理央とは友達でも居られなくなるかも知れないという諦観も無論、私の頭をよぎっていた。 しかし次に私が耳にしたのは、そうした懸念とは裏腹に、何とも優しい言葉だった。


「ありがとう、玲」


 その言葉を耳にすると共に、私は理央の顔を見た。 怒りをこしらえているでもなく、悲しみに暮れているでもなく、ただ、口元にわずかな微笑を浮かべながら、理央は慈愛に満ちた瞳で私を見つめていた。 私は困惑した。 罵詈ばり雑言ぞうごんを浴びせ掛けられるいわれはあれど、『ありがとう』などという礼を言われる謂れなどはまるで無かったから、私は理央の心情の欠片かけらすらも理解出来ないまま、

「ありがとう、って?」と理央に聞き返した。

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