第五十話 ほんの些細なこと 27
この話には女性同士の性的に生々しい表現が含まれています。
18禁という訳でもないですが、そうした表現の苦手な方はご注意下さい。
消えたと思っていた筈の導火線の火は再び激しく燃え上がり、いよいよ私の胸を灼いた。 理央の言った通り、その火は確かに熱く、火の点いた直後から私の胸を焦がし続けていた。 このまま燃え尽きてしまうのではないかしらと馬鹿げた心配すら抱くほどに、身体中が熱を帯びている。
そうして、私たちはようように口づけをやめて見つめ合った。 何故だか自分自身の呼吸が荒くなっているのに気が付いた。 鼻呼吸だけでは息が続かず、短距離走を走り切った直度のよう、思わず口から何度も大きな息を吸い込んだ。 それは理央も同じだった。 理央もまた口を僅かに開きつつ頬を紅潮させながら私の耳にはっきりと聞こえるほどに口呼吸をしていた。
それから互いに呼吸が落ち着いた頃、「玲の裸、見てみたいな」と理央が呟いた。 普段の私ならば何を馬鹿な事を言っているのだと理央の言葉に聞く耳も持たずに一蹴していただろうけれども、私はすっかり理央という火の熱に中てられ雰囲気に呑まれてしまっていたから、「電気消してくれるのなら、いいよ」と理央の要求をあっさりと受け入れた。
理央は「うん、私も脱ぐから」と言って、その場に立ち上がった。 私も続けて立ち上がり、電灯を常夜灯に切り替えた後、脱衣に取り掛かった。 理央も同じく私から少し離れた場所で服を脱いでいた。 そうして、私たちは一糸纏わぬ生まれたままの姿を互いに曝け出した。
理央は少し痩せ型だったけれど、女性らしい部位はしっかりと強調されている。 そして、私が今見ているのは同性の裸のはずなのに、私は確かに興奮という劣情を催していた。
「玲、スタイルいいね、うらやましい」理央は私の身体を眺めながらそう言った。
「理央も肌白くて綺麗だよ」
常夜灯状態でも分かる理央の透き通るような肌色は、一種の芸術品のようにも見えた。 それから多少の恥じらいを覚えつつも理央と言葉を交わしていると、
「私、玲とエッチしたい」と理央が口走った。
エッチ――その言葉は、いわゆるセックスの暈した表現でもあるけれど、つまり理央は、私とそういう行為がしたいと伝えてきたのだ。 正直、抵抗はあった。 それも当然だ。 当時、自慰すらした事の無かった私が、その延長線上にあるセックスを、ましてや同性同士で行うなど、二つ返事で肯えなくて当然だった。
けれども、そうした行為にまるで興味の無かった訳でもなかったから、私はまたもや雰囲気に呑まれるがまま「やり方は分からないけど、理央がしたいなら」と、理央の要求をのみ込んだ。
それから私と理央の間に行われた行為はあまりに生々しくて、そっくりそのまま伝える訳にはいかないから婉曲表現となってしまうけれど、端的に言うと、私たちはベッドの上で互いの身体を触り合った。 私の触っていた理央の身体は私と同じつくりのはずなのに、私の触るそれはまったく私とは別物のように思えた。
柔らかく、暖かく、しかし少し力を入れるだけで壊れてしまいそうなほどに繊細だった。 理央もまた、私の身体の隅々を探り探りに弄っていて、そのうちに下腹部の妙な疼きを覚えた私は、この感覚こそが女性の性的興奮であるのだと本能的に悟った。 敢えて俗な言い方をするならば、私は理央による愛撫を受けて、感じていたのだ。
その感覚は理央が愛撫を繰り返す度に高まり続け、もしこの感覚が頂点に達した時、私はどうなってしまうのだろう、よもや誤った世界に堕ちてしまうのではなかろうかと、私の心の奥底に眠っていた性に対する臆病が急に鎌首を擡げ始めて、何故だか泣いてしまいそうになった。 そして私は私を愛撫していた理央の手を掴んで「それ以上はだめっ」と泣きそうになるのを堪えながら懇願した。
理央はちょっと困惑した様子で「ご、ごめんっ、痛かった?」と私の身体を気遣ってきた。 身体の痛みではなくて、性的興奮が高まり過ぎて怖かったから理央の手を止めたと説明すると、理央は「それならよかった」と笑みを浮かべていた。 その後も私たちは互いの身体を思いやりつつ触れ合った。
私たちのこれをセックスという行為に当てはめて良いものかは私には到底決められなかったけれども、その時の私たちの精神は確かに、一つに繋がっていたと思う。 そうした点で言えば、私と理央のそれは紛れも無いセックスという行為であったと言えるだろう。 何も肉体同士の繋がりのみがセックスではない事を、私はその時初めて思い知った。




