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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 25

 からす行水ぎょうずい、というほどでも無かったけれど、理央の風呂から上がってくるのは私の思っていた以上に早かった。 私もあと少しだった洗い物の方を終わらせてから入浴に取り掛かった。 既に理央を部屋で待たせているという後ろ暗さも助けて、私も入浴の時間を普段より短く済ませた。


 そうして入浴を終えた私は冷蔵庫の中から二つのカットケーキを取り出し、それをお盆に載せて二階の部屋へと向かった。 理央は炬燵こたつの一画に脚を入れて温まりつつテーブルの上でスマートフォンをいじっていた。 一体何を持っているのだろうと私の手元をいぶかしんでいる理央の不思議そうな顔色をよそに、私がテーブルの上にケーキの載ったお盆を置くと、理央はスマートフォンそっちのけでケーキの方に目線を釘づけにされていた。


 ケーキはストロベリーケーキとチョコレートケーキの二種を用意していて、私が理央に対してどちらのケーキが良いかとたずねると「じゃあ私の好きなチョコレートケーキにしようかな」と、そちらのケーキを選んだ。 理央にケーキを選ばせている内に私は理央の左斜め前の炬燵の一画に腰を下ろそうとしていた。


 すると何の意図があったのか理央は「玲、こっちこっち」と言いつつ、手で腰を浮かせつつ自身の占有していた炬燵の一画の右端に自身の身体を移した後、すっかり余裕の出来た左の床を手でぽんぽんと叩いている。


 つまり、別の区画ではなく、理央の座している一画に私も脚を入れろと言いたいのだろうという事は理解したけれど、どうして理央がわざわざ私を自身の隣に座らせようとしているのかがさっぱり分からなかったから、私は「二人も同じ場所に座ったら狭いよ」と彼女の申し出をやんわり断った。 しかし理央は「狭くてもいーの」と聞き分けの無い幼子のような態度でそう言った。 それから続けて「玲が隣に来ないなら、私が玲の隣に行っちゃうからね」と、わがままを言ってくる。


 私はやれやれと対応にちょっと困らされたけれど、夕食の際に取り決めた『今日という日は童心に帰る』という決意を思い出して、一度決めた事をないがしろにはしたくない私の頑固な性格も助けて「理央がそこまで言うなら」と私はようように理央の提案を渋々(しぶしぶ)承諾し、彼女の左隣で炬燵に脚を入れた。 既に炬燵は程よく温もっていて、たちまち下半身の方から身体全体に温もりが伝わってくるのを感じた。


 それから私たちは隣り合ってケーキを食べ始めた。 途中、理央が「そっちのケーキも食べてみたいな」と言ってきたものだから、私は自身のケーキをフォークで一口分に切り分けた後、皿ごと理央に手渡そうとした。


 すると理央は目をつむりながら口を大きく開け放って「あーん」と言った。 まったくこの子はと喉先まで苦言くげんが出かかったけれど、例の決意が頭をよぎった私は「今日だけだからね」とケーキよろしく甘い言葉を投げかけつつ、先に切り分けたケーキをフォークで突き刺し、まるで親鳥からの給餌きゅうじを今か今かと待ち続ける雛鳥のよう大きな口を開けている理央の口にケーキを運んだ。


「――うんうん、やっぱりこっちもおいしいね」

 私のケーキを食べた理央はすっかり満悦気味だった。 そうした理央のいかにも幸せそうな横顔を眺めていると、理央は自身のケーキをフォークで切り分け始めた。


「何してるの?」と私がたずねると、理央は「ん、お返し?」と要領の得ない解答を寄こしてくる。 私が首をはてなとかしげている内に理央は先に切り分けたケーキをフォークで突き刺し「はい玲、あーんっ」と、私の顔の前にケーキを運んだ。


 ああそういう事かと、私は理央の思惑を理解したけれど、さすがに自分がそれ(・・)をされるのは気恥ずかしさ極まりなかったから「いいよ、一人で食べられるから」と理央のあーん(・・・)を断った。 しかし理央はかたくなに腕を引っ込めようとせず、私がケーキを口に入れるのを待っている。


 私も頑固だけれど、理央も理央で変なところで意地っ張りだから、この調子だと私がケーキを口に入れるまで理央は腕を引っ込めないだろうと確信した私は「もう、強引なんだから」と決して本意では無いというむねを匂わせつつも、私の目の前に差し出されたチョコレートケーキを口に含んだ。


「どう? おいしい?」理央は白い歯を見せながらにこやかにいてくる。

 私は「うん。 でも、ちょっと甘すぎると思うけど」と答えた。 私からの返答を聞いた後、理央は満足げな笑みを浮かべてから残りのケーキを食べ始めた。

 そして理央は気が付いていなかったに違いない。 先の私の発言が、ケーキの甘さと、私の理央に対する態度へのダブルミーニングであった事など。

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