表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
366/470

第五十話 ほんの些細なこと 17

 その場所に辿り着いて間もなく感じたのは、日当たりの良さだった。 午後十三時を過ぎた今、やや傾き始めてはいるけれど、太陽はほぼ私たちの真上に位置している。 五月という時期的に、日々暖かくなり初めてはいるけれど、気温自体はまだ二〇度を下回る事も多く、その日も朝方から肌寒い気候だったから、側壁に守られて風も来ず、加えて太陽光を頭上から一心に浴びた私の身体は、制服の黒色こくしょくも相まってあっという間にぽかぽかと温まり、とてもいい心持ちを得た。


「こんな場所、よく見つけたね」

 私は気分を良くしながら発声一番理央にそう言った。


「うん。 このまえ休み時間に色々探検してたらここを見つけてね。 日当たりもいいし、何か秘密の場所っぽくてそそる(・・・)でしょ!」


 理央もやけにご機嫌な様子でこの場所を発見した経緯を語った。 確かに理央が数週間前から休み時間ごとに席を立って教室を離れていた事は知っていたけれど、そうした理由だったとはいざ知らず、私は「あんまり勝手に出入りしてたら先生に怒られるよ」と理央に忠告しつつ、呆れ笑いを溢した。

 それから私たちは昼食を食べ始めた。 私と理央は非常階段の踊り場に腰を据え、階段側に足を下ろすように座っていて、私と理央との間隔は体一つ分程度には空いている。


 さすがに直接コンクリートに預けたお尻はいささか冷たかったけれど、午後からの授業も残っているというのにこうしてうららかな陽の下で摂る昼食というものは中々どうしておつなもので、ただ単に学校内の非常階段の一画で昼食を摂っているだけなのに、私の心は妙におどっている。 自分で言うのは滑稽こっけいだけれど、私はこれまで私という人間を優等生で通してきたから、一歩間違えれば先生に叱られかねないスリルというものを楽しんでしまっているのかも知れない。


 歩行者用の信号機が点滅している時点でいさぎよく次の青を待つ私が、渡る途中で赤になるのもいとわずに点滅中の信号を渡り切ってしまったかのような、そうした理央とのちっぽけな火遊び(・・・)は私の心を確かにあぶっていた。


「――そういえば四月頃の数学の授業の時に、何で理央はあんなにすらすらと先生が書いた問題の答えを言えたの?」


 お互いに昼食のパンを全て食べ終えた頃、私は例の件について理央にたずねた。 理央はちょっと首を傾げつつ「何でって、問題が解けたからとしか言いようがないけど」と答えた。 しかしそれは私が知りたかった答えではなかったから、


「いや、そういう意味じゃなくて、何で口頭の文章問題も、まだ私たちが習ってもいない二次関数も暗算で答えられたのかって事。 私も数学は得意な方だけどあの問題の数々を暗算で、しかも数秒で解く事なんて絶対無理だから、もしかしたら理央独自の勉強法でもあるのかなって気になってたんだ」


 私は率直に理央の異常なまでの解答速度の謎に迫った。 すると理央は膝を打ったかのような声色で「あぁそういう事ね」とようやく私の話の趣旨を理解してくれたようで、「私ね、数式を見たり聞いたりしたら頭の中に答えが瞬時に浮かんでくるんだ」と涼しげに語った。


 それから補足的に「数学の公式ってあるでしょ? 私はあれを今知ってる範囲で全部覚えてるんだ。 二次関数も小学校の頃には覚えてて、この前の先生の出した問題もそれを元にして頭の中で解いたって訳。 一回形を覚えれば、あとは数字を組み替えるだけで答えが出てくるから楽なんだ」と話した。 理央の副読本を完了したという話を聞いた時と同様、私は彼女の言っている事がとんと理解出来なかった。


 数式を見聞きしただけで解が瞬時にひらめく――理央の頭の中には電卓でも内蔵されているとでも言うのだろうか。 そうしたあまりにも馬鹿馬鹿しく、失笑を誘う事さえ出来ないであろう思考を大真面目に脳裏に巡らせてしまうほどに、先の理央の言葉ははなはだ信じがたかった。


 ――いえ、電卓であろうとも計算には入力が必要となる。 だけれどあの時の理央は、その入力すらも無視しているかのような計算速度だったから、先に彼女が発した言葉が真実であるとすれば、理央の人間離れした計算速度は計算機器すらも超越ちょうえつしているのかも知れない。


「本当に、そんな事が出来るの?」


 それでもやはり私には理央の計算速度が未だに信じられなくて、ついうたぐり深く彼女に問いただしてしまった。 すると理央は「じゃあ今から試してあげようか。 ちょっと趣旨は変わるかも知れないけどね」と言いつつ、スカートのポケットの中からスマートフォンを取り出し、何やら数手操作をしていたかと思うと、


「これ、フラッシュ暗算が出来るアプリなんだけど、今からこれの数字表示速度を最大にして計算してあげる。 出てくる数字の回数と桁は玲が決めていいよ」と言って、スマートフォンの画面をこちらへと向けてきた。


 そこには画面上部に『ready』と大きく表示されていて、画面半分より下側にはテンキー方式で数字が表示されている。 そして画面中央辺りには『START』と書かれた枠があったから、それを押す事によってフラッシュ暗算が開始され、数字が出終わったのちにテンキーで数字を入力し、正誤をあらためるという方式なのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ