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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 11

「はい、私の自慢のお母さんですよ! あ、でも入学式には来れなかったけど私の晴れ姿は見たいって言ってたから、もしよかったら先生に私の撮影頼んでもいいですか?」


「うん、もちろん。 でも、カメラなんて持ってるの?」


「実はですね……私の入学祝いにスマホ買ってもらったんですよー! 画素数高いの選んだので、撮影ならこれでばっちりです!」


「へぇー、今時の子はやっぱりみんな持ってるんだねー。 私なんて今年やっとスマートフォンに変えたっていうのに」


「今や小学生ですらスマホ持ってるくらいですからね。 んじゃ撮影よろしくお願いします! えっと、ここを長押しするとカメラモードになって、画面のここを押すと――」


 私はしばらく荒井先生と少女のやり取りをはたで見ていて、少女がスカートのポケットの中から自身のスマートフォンを取り出したかと思うと、撮影の仕方を先生に教授していた。 それから二人は撮影におあつらえの場所を探し始めた。 何だか私がこの場に居続けても邪魔になってしまいそうだったから、私は少女が撮影場所を探している内にその場から立ち去ろうとした――


「あ、どこ行くのー? せっかくだからキミも写っていきなよー!」


 ――ところ、私の背中を呼び止めてきたのは少女の快活な声だった。 私はきびすを返して声のした方を振り向いた。 少女はすっかり撮影におあつらえの校門前に陣取っていて、満面の笑みで私を手招きしている。 先ほど少女の家庭事情を知ってしまった事も相まって、今の私に彼女からの誘いを断る気力も無く、しぶしぶ重い足取りで少女の元へと向かった。


「先生ー、桜と校舎写ってますー?」

「うん、校門も入ってるから、何だか入学案内のパンフレットに載ってる光景みたいで良い感じだよー」


 一度は真っ向から拒絶した、未だ名前も知らない少女と並んで、私は写真撮影されようとしている。 何がどう転んでこのような顛末てんまつになったのだろうと、この世には決して自分の力ではどうする事も出来ない決定付けられた絶対的な運命力が働く時があるのだという事をこの日初めて思い知らされた。 恐らく私は入学式の時点から、ずっとそうした濁流だくりゅうに流され続けている。


 どうりで決して流されまいと濁流の流れに逆らって泳ぎ続けても一向に前へ進むどころか押し戻される筈だと、時に人は諦めも肝心だという事も悟った。 こうした理不尽な出来事の数々で悟りを覚えたくなど無かったけれど、きっとこれが大人になってゆくということなのだろうと、不思議と確信した。 それから撮影に支障が出ないようしばらくその場でじっと立ち尽くしていると、


「うーん、背景はいいんだけど、二人ともちょっと距離が遠いかな? もっとくっついた方が親近感出るんじゃないかな」と荒井先生が撮影のシチュエーションに難色を示し始めた。


「えっと、それじゃあ――こんな感じでどうですかっ!」


 私と少女の距離の遠いのを先生に指摘されて間もなく、少女は私の肩に腕を回し、急接近を果たしてきた。 思わぬ接触に覚えず背筋が伸びた。 いや先生の言いたい事はそういう事ではないだろうと喉の先まで苦言が出かかったけれど、やはりこの少女の背景に先の家庭事情があるのだと思うと、私はもう彼女に反駁はんばくなどていせない。 だから私はただ黙って事が済むのを待った。


「うんうん、何か数年来の友達みたいでいい感じ! それじゃ何枚か撮るよー。

 二人とも笑って笑ってー、はい、チーズっ」


 先生は写真撮影時の定番の掛け声を発したあと、しばらく私たちを撮影していた。 撮影している間、私はずっとスマートフォンのカメラレンズから視線を逸らし続けた。 運命という決してあらがう事の出来ない巡り合わせに対する、狷介けんかいな私のせめてもの反抗だった。


 それから写真撮影が終わって間もなく、少女は荒井先生の所まで駆け寄り、先に撮影したであろう写真の数々を見ながら何だかわいわいやっていた。 今度こそここに私の居場所は無いなと勘繰った私は、長らく待たせてしまっている母を探す為にその場を離れ――


「あ、ちょっと待ってよ。 ほら、これ見て見てっ。 せっかく一緒に写ったのにキミったらずっとそっぽ向きっぱなしでさ。 もしかしてキミって写真嫌いな人だったりした?」


 ――ようとする間もなく、少女は私のそばまで駆け寄ってきたかと思うと、片手でスマートフォンを操作しながら先ほどの写真の数々を私に見せている。 写真は都合六枚ほど撮影したようだけれど、どの写真も私は明後日あさっての方向を向いてちょっと不貞ふてくされているようにも見えた。


 やっている事は完全に聞き分けの無い子供のそれで、こうして自身の片意地を客観的に目の当たりすると、何だか途轍とてつもない恥ずかしさが込み上げてくる。 人こそ人の鏡と、昔の人はうまく言ったものだと思う。

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