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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第五十話 ほんの些細なこと 5

「――であるので、勉学に励むのは勿論の事ですが、知識という栄養だけでは人は成長しません。 下を向いて勉強するばかりではなく、時には身体を思い切り動かし、時には友だちと笑い合い、そうやって学問だけではなく社会に不可欠な要素もふんだんに取り入れて、君たち新一年生が心身頭脳ともに健やかな人間に育つよう、私たちは心から願っています。 そもそも学問と真摯に向き合うには精神と身体の健康が必要不可欠でありまして――」


 四月某日。 私は受験に合格した私立中学の入学式に出席していた。 もちろん私の母を含めた保護者も多数出席している。 それは同校の講堂にて行われていたけれど、何せ同級生の数が小学生の時とは段違いで驚いている。 先の新入生紹介の際に初めて数字を耳にしたけれど、今年の新入生の数は三四三人。 一クラスが三十数名程度だから都合十クラス存在する事となる。


 私の通っていた小学校の人数が全学年合わせて百十数人だったから、一学年だけで私の小学校の三倍近い人数が居るのかと思うと理解が遠のく。 ひょっとしたら、私が中学を卒業するまでにまったく口も利かない同級生が出てくるかも知れない。 さすが県内屈指の進学校、入学人数も伊達ではないと、私は入学式当日でありながら自身のこれから通っていく学校の巨大なのを改めて思い知った。


 それから校長先生の式辞を真面目に聞いていると、私の右隣の方から突然「ふぁ~ぁ」と欠伸あくびをしているような何ともだらしのない調子の声が聞こえてくる。 ことに私の耳に間違いがなければ、それは間違いなく女の子の発した声だった。


 私はただただ呆れた。 やはりこれほど立派な学校だといえども、こうした(・・・・)手合いは付きものなのだな、と。 それ(・・)が今まさに私の右隣に位置しているという事実ははなはだ遺憾ではあるけれど、だからと言って私がいちいち彼女の存在を気に掛ける必要など何処にもない。 クラスが十に分けられる以上、私の右隣で大欠伸を呈した彼女と同じクラスになる確率など極めて低い。 そして彼女こそが、私が中学を卒業するまでに一切口を利かない同級生に成り得る第一号だろう――


「ねぇねぇ」


 ――しかしその予想はあっという間に私を裏切った。 あろう事か、私の右隣の女の子は大欠伸を呈しただけでは飽き足らず、私の肘辺りの服をつまんで私の腕を揺らし、私に呼び掛けてきたのだ。 まったく配慮の無い子だ、軽躁にも程があると、私は呆れと怒りを混ぜたような感情を胸中で沸々と煮えたぎらせていた。


 応答するべきか、否か。 出来ればこのまま無視を貫き通したいという気持ちは何より強かった。 けれど、いくら式辞の最中だからと邪険に扱って他人からの呼び掛けを無視し続ける事は、私の道義に反した。 だから私は渋々彼女に応答する事を心に決め、最低限彼女の顔が確認出来る角度だけ、少し重たい首を彼女の方へ回した。 そうして私の瞳に映ったのは、透き通るほどに白く透徹な肌を持った、一人の少女だった――いや、この人は本当に女の子、なのだろうか。


 襟足が襟にすらまともに到達していない栗色のショートカットヘアと、若干の凛々しさを覚えさせるその顔立ちから、一瞬、声変わりの遅い男の子なのかと疑いもした。 けれど、女子の制服であるセーラー服を身に纏っているし、顔の骨格にも丸みがある。 やはりこの子は女の子なのだろうと、私は一瞬よぎった疑惑をたちまち棄却した。 それから私は出来る限りの小声で「……どうかしたの?」と彼女にたずねた。


「うん。 校長先生の話、さっきから同じような言葉の繰り返しで飽きちゃったから、ちょっと私と話でもしない?」


 やはり道義に反してでも無視を決め込んでいた方が良かっただろうかと、私は私の道義に従った事をひどく後悔した。 私は、この学び舎で勉学に励みに来たのだ。 共に切磋琢磨し合える強敵ともならば進んで手も取り合おう。 けれど私は友達ごっこ(・・・)や青春ごっこ(・・・)をする為にわざわざ県内でも随一の進学校へと入学したのでは断じてない。


 ――私の直感がささやいている。 この少女は、私を駄目にする人間だと。 そうして胸中で彼女をき下ろした私は、以降入学式が終了するまで一切彼女の言葉に耳を傾けなかった。 その際に仕方なく敢行した無視という行為は、私の胸をちくちくと傷め続けた。 まったく無駄な呵責かしゃくだと、しかしそうした非合理的さに甘んじている自分がいるという事実に、柄にもなく苛立ちを募らせた。

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