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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第四十九話 重ねた手、寄り添う心 7

「――あの、玲さん」

「ん? 決まった?」

「そのケーキ、二つとも半分ずつには出来ないですか」


 しかし僕は僕のわがままを結局抑える事が出来なかった。 はなから無茶を言っているのは理解していたから、とてつもなく我儘わがままな事を言っている自分が恥ずかしくなってきて、たちまち頬が熱くなった。


「え、このケーキを両方、半分に?」


 僕の突拍子もない注文に要領を得られなかったらしい玲さんは、ちょっと困惑しつつ僕の注文を繰り返して確認している。 そうして玲さんの口から僕の注文を耳にして、何て無茶を言ったんだと改めて思い知らされた僕は更に頬を熱くつつ、玲さんと目線も合わせないままにもくしてうなずいた。


「……」

 僕の返答を聞いた玲さんは、少しうつむいてただ黙っている。 僕の優柔の不断なのに呆れてしまったのだろうか。 やはり素直にどちらかのケーキを選んでおくべきだったと今更ながら僕は後悔し始めた――直後、


「それってもしかして、この二つのケーキの両方を食べたかったって事? ……ぷっ、くくっ、ははっ……あははははっ!」


 玲さんは突然こらえ切れないといったような含み笑いをていしたかと思うと、今にも笑い転げるんじゃないかしらと思うくらいの勢いで大笑し始めた。


「そうですよっ。 悪いですかっ。 二つ共とっても美味しそうだったんですよ」


 これほどまでに玲さんに大笑されてしまっては最早弁明の仕様もないから、僕はばつの悪い思いを抱きつつ照れ隠しのつもりで語勢を強めながらも素直に僕の放埓ほうらつさを認めた。


「あははっ! いや、ごめんごめん。 まさかそんな回答が来るとは思ってもいなかったからさ。 ――いいよ。 元々君の為に用意してたものだし、ちょっと形は崩れちゃうかもしれないけどそこは我慢してね」と言い終えたあと玲さんは、おぼんにっていた小型のケーキナイフを使用し、ケーキの三角の頂点から底辺の中心を目掛けて器用な手捌きでナイフを進めてゆく。


 そうしてものの数十秒で二つのケーキは見事に真っ二つに分断された。 あまりの手際の良さに、思わず『お見事』と声を上げて拍手をしたい衝動に駆られた。 それから玲さんは分断したケーキの一片をもう片方のケーキの元へと移し替え、僕の理想わがままを具現化したストロベリー及びチョコレートケーキを乗せたお皿がついに僕の目の前のテーブルに置かれた。


 よもやあのような無茶な注文が通るなどとは僕も思っていなかったから、喜んでいいのやら驚くべきところなのか、そうした感情が相まって実に妙な気分だ。 しかしその無茶を形にしてくれたのはまぎれも無く玲さんだから、僕は「無茶に答えてくれてありがとうございます、玲さん」と、彼女に礼を果たした。


「どういたしまして。 私の方こそ思いっきり笑わせてくれてありがとね。 んじゃ君の無茶を聞いてあげたついでに、私のささやかなお願いも聞いてもらおっかな」


「え、玲さんのお願い、ですか」


 ちょっと嫌な予感が僕の脳裏をよぎった。 そういえば玲さんにしてはやけにすんなり僕の要望を受け入れていたなとは思っていたけれど、彼女の本来の狙いはこれ(・・)だったのかもしれない。 そして僕の無茶ねがいは既に玲さんの手によって叶えられてしまっているから、僕は無条件で玲さんのささやかな願いとやらを聞き入れてあげなければならない訳で、一体何を願われるのだろうかとても気になる。 よもや今から外に出て雪だるまを作ってこいなどと言わないだろうかと心配になってくる。


「うん。 まぁお願いって言っても全然大した事じゃあ無いよ」と断りながら、玲さんは何故か僕の左隣に腰を下ろしたかと思うと、僕の脚を入れていた炬燵の一画と同じ場所に自身の脚を入れ込んだ。 その時の空気の流れによって、つい先ほど風呂を済ませた玲さんの身体から(ただよ)う石鹸のような優しく甘い匂いが僕の鼻腔びこうくすぐった。


 今日こんにちまで玲さんと不意に接近する瞬間は何度かあって、そのたびに僕は彼女の身体や髪から漂う女性特有とも言える匂いを鼻に感じていたけれど、今のそれ(・・)は以前とは比べものにならないほどにはっきりと僕の嗅覚を刺激している。 刺激とは言ったけれど、別に匂いが強烈だとか不快感だとかはまるで無く、かえってその匂いによって精神が落ち着くというべきか、一種の安堵を与えられるような、そうした部類の匂いだ。 ずっとこの匂いに包まれつつ眠りに落ちたいとさえ思えてくる。


「……? 何してるんですか玲さん」

 しかし卒然と僕の隣に腰を下ろした事自体は不可解だったから、僕は玲さんから漂う匂いを一旦忘れ、首を傾げながら玲さんにたずねた。


「何って、これ(・・)が私のささやかなお願いだよ」

これ(・・)、って?」

「君の隣でこたつに入る事」


 明かされた玲さんの願いは、僕にとっては要領の得られないものだった。 確かにこの炬燵こたつの幅は広い方だから二人くらいならば難無く座れるけれども、他に空いている場所があるというのにわざわざ僕の隣に座ろうとする玲さんの目論見がまったく理解できない。


 そういえば夕食の時も玲さんはかたくなに僕の隣に座りたがろうとしていた(結局隣に居座られたのだけれど)。 そこまでするからには何かしらの意図があるのだろうとは思うけれど、やはり彼女が何の意図を以ってそうした事をしているのか、僕には理解できない。


 唯一可能性があるとすれば、それは僕の隣に座る事によって僕の戸惑うさまを観察し楽しむという玲さんのいつものからかいの線だろうけれど、今日の彼女からは別段からかいなど受けてもいないからその線も薄い。 いくら考を巡らせても、やはり玲さんの意図は分からない。


「どうして、僕の隣がいいんですか」

 だから僕は歯に衣着せぬ物言いで率直に聞きただした。


「ん、こっちの方が私的に喋りやすいからね」


 そうして玲さんも迷う事なく率直にそう答えた。 なるほどこの家に来てから料理を手伝ったり夕食を味わったり洗い物をしたりとずっと何かしらの行動を起こしていたからすっかり頭から抜け落ちていたけれど、今日僕が玲さんの家に宿泊しに来た本来の目的は彼女の過去の話を聴く為だ。 いくら玲さんといえども僕と正面切って過去の話などしにくいに決まっている。 今思い返せば僕が玲さんに過去の話をした時も彼女は僕の隣に居たから、きっとこの位置(・・・・)が玲さんにとっての喋りやすく聞きやすい環境なのだろう。


「そうですか、分かりました。 なら玲さんの好きな場所に居てください」


 ならば、僕が玲さんからの願いを退しりぞける理由は無い。 僕は彼女の願いの裏に隠されているであろう意図を僕なりに斟酌しんしゃくした上で受け入れた。 玲さんもそうした僕の意思を感じ取ってくれたのか、妙なからかいの気もなく優しく微笑みながら「うん、ありがと」と感謝だけを伝えてきた。

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