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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第四十九話 重ねた手、寄り添う心 2

 玲さんに宿泊のお誘いを持ち掛けられたのは昨日の事だった。

 夜は二十三時過ぎ、とりわけすべき事も無かったから寝てしまおうと思い立って就寝の段取りをしていると、机の上に置いていたスマートフォンが着信をきたした。 着信は玲さんからで、それはSNSあてのメッセージだった。


[明日、夕方くらいから私の家に泊まりにこない?親は旅行で居ないからその辺は気にしなくてもいいよ。もちろん夕食は腕によりをかけてご馳走してあげるからね。]


 正直、目を疑った。 若干の眠気を覚えていた脳が一気に活性化したような感覚さえあった。 その日は十二月二十三日、そして翌日は二十四日――クリスマスイブ。

 イエス・キリストの降誕祭。 教会で様々な教派による礼拝が行われる日。 豪奢ごうしゃな料理を食しつつ家族と大事な時間を過ごす日。 幼子がクリスマスプレゼントに期待を寄せつつ夢を見る日。 そして――恋人同士が唯一無二の時間を過ごす日。


 各国によってクリスマスの過ごし方はそれぞれだけれど、とりわけ日本では子供がプレゼントを貰う日と恋人同士と過ごす日というイメージが強く定着しているだろう。 僕もそのイメージを持つ一人で、だからこそ玲さんからのお誘いに眠気も吹き飛んでしまうほどの衝撃を与えられてしまったのだ。


 当然、いくら親が居ないとはいえ何の意図も無しに玲さんが男性を気兼ねなく自宅に宿泊させるような人ではない事は理解していたから、僕を招いたのにはそれなりの理由があるのだろうと察した上で[僕に何か話したい事でもあるんですか]と見切り発車気味にたずねた。


[うん。私の昔の話を聞いてもらおうと思って。]


 そして存外あっさりと玲さんは意図を明かした。 あれだけかたくなに過去を語りたがらなかった彼女が自ら進んで僕にそれを話してくれようとしているのはどういった心境の変化だろうといぶかしみはしたけれど、下手な事を言えば彼女の気が変わって二度と話してくれなくなるかも知れない事を恐れた僕は[そうでしたか。じゃあ、聞かせてもらいます]と素直に宿泊の誘いをうけがった――



「――で、次は中に入れる肉ダネ(・・・)の準備ね。 豚のひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉、塩コショウ、それからナツメグなんかも入れるんだよ、知らなかったでしょ――って聞いてる?」


「えっ、あ、ごめんなさい、ちょっと別の事考えてました」

 ――などと今日の玲さん宅の宿泊の経緯について思い出していたから、すっかり手元と意識がおろそかになってしまっていた。 何故だか玲さんの家に着いてから妙に意識が散漫になっているようで、あまり彼女の話が頭に入ってこない。 暖房が効き過ぎてぼーっとしているのだろうか。 と言うのも、僕はいま台所で玲さんと共に夕食の準備をしているのだ。


 何でも当初は玲さん一人で夕食をまかなう予定だったらしいのだけれど『夕食が出来るまで君も手持無沙汰だろうし、どうせなら二人で一緒に作ろうよ。 そうした方がよりおいしく食べられるでしょ?』という彼女の恣意しい的な判断により、急遽きゅうきょ僕も玲さんと共に夕食づくりの役割を担う羽目になってしまったのだ。

 ちなみに今はロールキャベツを作っている途中で、キャベツの中に詰める肉ダネ(・・・)の材料の説明を受けていたところだった。


「もー、今は料理してるんだから料理のことだけに集中しなきゃ駄目だよ? 調味料とか一つでも忘れたら味が変わっちゃうんだからしっかりね。 じゃあ次はこの中に塩胡椒(こしょう)振ってくれる?」


 玲先生(・・)のお料理教室はどうやら中々のスパルタのように思われる。 しかし、よもやこうして玲さんと肩を並べて料理をする日が来るとは夢にも思わなかった。 それがあんな出来事(・・・・・・)の後に起こったものだからその感慨は一入ひとしおだ。


 そうして、僕は僕の思っている以上に心がおどっている事に気が付いた。 別に激しい動作をしている訳でもないのに普段より心臓の鼓動が早い。 これは一体何の躍動なのだろう。 玲さんと料理をしていて楽しいから? それとも――


「わっ! バカバカっ! それじゃ入れすぎだって! 今は私の顔なんて見る必要ないし料理に集中しなきゃダメだって言ったばっかりでしょ!」


 ――どうやら僕の集中力が掛けているのは他にも理由があるらしい。

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