表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
340/470

第四十八話 幸福の定義、初恋の行方 6

 僕の覚えている限りでは、自身を女性と自認しているトランスジェンダーの男性が女性用トイレを利用し、年端もいかない女児に性的な暴行を働いたというニュースを見かけた事がある。 そうしたニュースを見かける度に僕はひどく肩身の狭い思いをいだいてきた。


 別に僕の犯した過ちでは無いのだから素直に受け流していればいいのだけれど、それでも、やはり僕自身がトランスジェンダーを自認している以上、僕と同様の性質を持ち合わせている人がそうした愚行を犯してしまうと、『トランスジェンダーの人間はそういう人間(・・・・・・)なのか』という認知バイアスが他の人の心に強く根付いてしまう。 そうなると、ただでさえ受け入れがたい観念が更に受け入れ難くなってしまう事は自明の理。


 いくらトランスジェンダーというマイノリティが世に認められ始めているのだとしても、自身の立場が弱い事を知った上でその立場を悪用する事だけは何を間違えようともしてはならない。 一の悪行は千の善行をもことごとく塗り潰してしまうからだ。 ゆえに僕たちセクシュアルマイノリティは自覚しなければならない。 そうした性質を持つ、たった一人の犯した悪行は、何千何万ものセクシュアルマイノリティの人々の首根っこを締め上げる行為と同等であると。


 ――少し込み入った話になってしまったから古谷さんも二の句が継げなかったようで、同じくして僕も言葉に詰まり、そうしてしばらく沈黙が続いた。

 そうこうしている内に駅から電車が発車したらしく、ちょうど住宅にさえぎられて路線の方までは見えなかったけれど、西へ向かって走り去ってゆくのが電車の走行音で感じ取れた。 それから電車の音が完全に耳に聞こえなくなった頃、


「でも今は、全然そんな事はないです。 こうして改めて二人きりでユキくんと話してみて、ああやっぱりこの人はユキくんなんだなって確認できました。 だから私はこれからもユキくんと友達を続けていきたいと思ってるんですけど、これって私に都合が良すぎるでしょうか」と古谷さんが少し心配そうに言った。


「――ううん、むしろ都合が良すぎるのは僕の方だよ」

 僕はかぶりを振りながらそう言い切った。


「えっ、それってどういう?」

 古谷さんはきょとんとしながら僕の顔を覗き込むようにしてそうたずねてくる。


「あれだけみんなの事を突っぱねておきながらも僕の友達でいようとしてくれるなんて、本当、僕にとって都合が良すぎると思う。 ――でも、古谷さんがそう言ってくれるのなら、僕がそれを断る理由なんて無いよ。 だから、古谷さん。 こんな僕でよかったら、これからも友達で居続けてくれるかな」


「もちろんですよっ! だってユキくんは、私の初恋の人なんですから」

 古谷さんは満面の笑みを浮かべながらそう言った。


 初恋――何とも甘美かんびな響きだ。 僕自身が誰かの初恋であったという事実は、うまく理由は説明できないけれど、ちょっと誇らしい気分でもある。 でも僕は僕自身の性質にとらわれ過ぎたがゆえに古谷さんの初恋を実らせてあげられなかった。 その不甲斐ふがいなさは今も僕の心に纏綿てんめんし続けている。


 ただ、それは決して後悔じゃあ無い。 この半年以上ものあいだいだき続けた古谷さんへの想いは本物で、それでも僕はあと一歩のところで力及ばず身を引くことになったけれど、僕みたような半端な人間が男らしい三郎太に恋敵こいがたきとして認識されていて、そのうえで負けたのなら本望だ。


 唯一惜しむ事があるのならば、それは僕がもう少し早い段階で古谷さんとの恋の決着を付けておくべきだったという事だろうか。 古谷さんからの好意を受け入れるにしろ拒否するにしろ、少なくとも一学期中に僕がいずれかの答えを出していれば、僕もあれほど皆に迷惑を掛けずに済んでいたに違いない。


 ――けれど、仮にそうなってしまっていたら、きっと玲さんとの縁もその時点で途切れてしまっていたろうから、結局何が正解だったかなんて事はもちろん僕には分からないし、神様にだって予測出来なかったのではなかろうか。


 その実、当初僕を破滅へと追いやろうとしていた神様による数多あまた悪戯いたずらこうむりながらも、僕は今もこうして古谷さんを含んだ四人の友達と玲さんとの縁を続けている。 少なくとも僕はこの結果を破滅の前兆だなんて思いたくはない――いいえ、間違いか正解かだなんて答えを出そうとするのがそもそもの間違いなのだ。


 人生という方程式に明確なこたえなんてものは存在しない。 仮に道を間違えていたとしても、その時点で落第なんて事にはならない。 きっと誰かがそのあやまちに気が付いて、正しい道へと修正してくれるはずだから。 大事なのは正誤を明確に見極める事じゃあ無い。 過ちを犯した時に正しい道を明示してくれる人が自分のそばにいてくれる事の方がよっぽど大事なのだ。


「……ふふっ」

「えっ、なんでそこで笑うんですか! ユキくんっ!」

「いや、ごめん。 こんな事を自分で言うのは恥ずかしいんだけど、それでも今日は言わせてもらうよ。 僕は幸せ者だ、って思っちゃってね」


 何でもない日常を享受きょうじゅし噛み締める事――それこそが、僕が真に望んださいわいなのかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ