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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第五部 太陽は月を照らして
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第四十八話 幸福の定義、初恋の行方 5

 そうしてお互いひと(しき)り笑い終えたあと、古谷さんは正面を見据えながら「やっぱりユキくんはユキくんですよね」と、僕にとって要領の得ない事を確信的に呟いた。


「僕は僕って」覚えず僕も反射的に聞き返した。 古谷さんは一度だけ空を見上げたあと、地面の方に視線を落とし、


「この前私が三郎太くんと付き合ってる事を明かした時、ユキくんは自分がトランスジェンダーだって私に伝えてきたじゃないですか」と話し始めた。 僕は「うん」とだけ応答し、彼女に場の流れを委ねた。


「私自身、その言葉の意味は私なりに理解していて、でも、まさか自分の周りにそういう人が居るなんて事は想像もした事がなくて――うん、正直に言います。 私、ユキくんがそういう人だって知ってから、これ以上ユキくんと友達ではいられなくなるって思っちゃったんです」


「……」

 あの時、僕は何もかもに絶望して自暴自棄状態におちいり、何の意図もなく古谷さんに僕がトランスジェンダーである事を暴露してしまった。 そして先の古谷さんの発言から察するに、その事実によって僕は彼女に相当の心労を与えてしまっていたようだ。


 いくら自暴自棄になっていたとはいえ、本来であればその情報は彼女の耳に入れるべきでは無かった事は明白。 ひょっとすると、僕と古谷さんとの間に微妙な距離感を生じさせていた真の要因は、彼女がトランスジェンダーである僕の扱いに戸惑っていたからなのかもしれない。


 それはそうだ。 同じカミングアウトでも、突拍子も無く僕の性質を古谷さんに明かしてしまった状況と、僕に苦い過去がある事を勘付かれた上で玲さんに僕の性質を明かした状況とはまるで訳が違う。

 僕だって、何の心構えもないうちに玲さんや古谷さんら四人の誰かから不意に『私はトランスジェンダーだ』などと伝えられたら驚きや戸惑いの色を顔や態度ににじませずにはいられないに決まっている。


 ――改めて自身の自暴自棄を振り返ってみると、僕は一歩間違えればほんとうに破滅の道を歩みかねない事をしでかしてしまったのだなと、真横に座している古谷さんの横顔をまともに見る事すら出来ないほどに忸怩じくじの念を抱いた。 かといって、今更ありきたりな謝罪の言葉を口にしたくもない。


 そのかたくなな思いは別に僕の非を認めたくないからという業突く張りで傲慢ごうまんな心から来たものでは決してなく、どちらかと言えばまったくの逆さまで、僕がその言葉を発してしまう事できっと古谷さんは僕をあっけなく容赦してしまうだろう。

 だからこそ、上っ面だけの謝罪の言葉など口にしたくないし、かえって古谷さんの口から僕の自暴自棄を真っ向から責め立てる言葉を聞かされた方が救いがあるとさえ考えている。 そうして彼女に裁かれる事によって初めて僕は再度、古谷千佳という人間とまともに向き合えるようになるはずだから。


「――でも、友達で居られなくなるっていう不安は、別にユキくんがそういう人間だっていう事に対する拒絶反応じゃあなくって、私の何気ない言葉や態度でユキくんを傷つけてしまうかも知れないっていう私の臆病さから来たものなんです。 けど、さっきも言った通り、ユキくんはユキくんだったんですよ」


 しかし、古谷さんの口から僕を裁く言葉は一向に聞こえてこない。 そればかりか、やけに柔和な彼女の口吻こうふんは僕への不信感だとか気遣いなどを一切感じさせず、言うなれば今の彼女の態度は、僕が初めて玲さんに僕の性質を明かした時の寛仁かんじんさと同一だった。 つまるところ古谷さんは、僕の性質を受け入れてくれたという事なのだろう。


「優しくて、目の前で困ってる人を放って置けなくて、少し弱気なとこもあって、でも、何かをやり遂げようとする熱意は強くて――そして、ちょっと女性っぽくて。 そういうのを全部ひっくるめたのがユキくんっていう人なんだと思います」


「女性っぽいのも、僕」

 その言葉には思わず驚嘆と感銘を受けた。 これまで必死に自身の中から排除しようと躍起やっきになっていた僕の女性としてのかたちが、僕自身を形成する一つの性質として古谷さんに認識されていたのだから、驚きもして当然だ。


「はい。 だから、ユキくんはトランスジェンダーだっていう事実だけにとらわれて、私は本質をとらえられていなかったんです。 私がこれまで接してきたユキくんは既にトランスジェンダーだったんだから、その事実を知ったところでユキくんの性格が丸っきり変わってしまう訳でもないのに、やっぱり私の心にはそういう人たちに対する接し方の不安というか、恐れみたいなものがあったんだと思います」


「それは、仕方ないよ。 いくら認知が深まって来てるとは言っても、トランスジェンダーっていう言葉が広まり始めてからまだ数年しか経ってないし、むしろ古谷さんみたいな反応が普通なんだと思う。 僕だって、自分がそういう人間じゃなかったとして僕の周囲にそういう人が居るって事を知ったら、その人と距離を置いてしまっていただろうから」


 ――そう、何もトランスジェンダーを自認している人すべてが聖人などでは決してない。 もちろん僕も自身を聖人などとのたまうつもりはないけれど、自身の性質を利用した上で誰かに迷惑をこうむらせるような真似だけはしまいと心に決めて生きてきた。 しかし、中には居るのだ。 自身の性質を悪用し、罪を働く者が。

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