第四十八話 幸福の定義、初恋の行方 2
それから程なくして先生が現れて、ホームルームが始まった。
先生の言わんとする事は概ね校長先生が話したという事で、冬期休暇に入る前と来年の始業式についての諸連絡を事務的に説明してから、くれぐれも冬休み中に生徒関連で警察のほうから学校に連絡が来るような事だけはするなという旨と、各教科で課された課題は忘れる事無く必ず始業式に提出するようにという旨を僕たちに念押したのちホームルームは終了し、今日はこれで解散となった。
「いやー、二学期は色々やってたせいで何だかあっという間だった気がするよ。 私の気のせいかな」
「気のせいでもないやろ。 実際一学期よりはでかい行事も多かったし、それだけ平ちゃんが充実しとったって事やろからな」
「体育大会に文化祭、色々あったけど面白かったなぁ。 三郎太くんは何が印象に残ってる?」
「俺は――文化祭ももちろん面白かったけど、やっぱ体育大会で優勝した事かなー。 ユキちゃんは?」
「そうだなぁ、僕はやっぱり文化祭で個人賞を取れた事かな」
ホームルームが終わった後、僕らは例によって教室で二学期最後の閑談を繰り広げていた。 僕にとっては一学期も二学期も甲乙つけ難いほどの濃密な時間を過ごしたつもりだけれど、それでもどちらかに軍配を上げるとしたら、やはり二学期の方になるだろう。 二学期中僕は終始玲さんに迷惑を掛け続けてしまった。 だからこそ一学期より二学期の方がいっそう印象に残っているのだろう。
一時は絶望の淵に立たされ死をも望んだ僕がこうして何事も無かったかのよう彼ら彼女らと面向かってコミュニケーションが取れるようになったのも、すべては玲さんの献身のお陰だ。 彼女の存在が無ければ、僕は自身の足で今この場になど立っておらず、ほんとうに自身の人生に終止符を打っていたかもしれない。 それを思えば、やはり玲さんは僕の命の恩人と言っても差し支えは無い。
それからしばらく学校行事について話し込んだあと、「ところで今日ってみんな予定あるの?」と平塚さんが話頭を転じた。 恐らく今日がクリスマスイブだからそうした話題を出したのだろう。
「夜やけど、俺は彼女とイルミネーション見に行くつもりやで」と真っ先に答えたのは竜之介だった。
「へぇーお洒落だね。 っていうかここら辺でイルミネーションとかやってるんだ?」続けて平塚さんが竜之介に訊ねる。
「おう、テレビとかに映るほど仰々しいもんちゃうけど彼女が前から行きたい行きたい言うとったからな。 千佳ちゃんやったら知っとんちゃうか? こっから東に三駅ぐらい行った先のけっこう広い公園でやっとるやつなんやけど」
「あ、知ってる知ってる! 光のトンネルとかあるやつだよね? 私も家族と一緒に行った事あるよ。 あれは綺麗だったなぁ」と、古谷さんは自らの体験談を交えながら竜之介にそう答えた。
「ほー、そんなのあるのか。 んじゃ俺らも二人で行ってみようぜ千佳ちゃん」
そうしたイベントがあるならと言った気味で、三郎太が恣意的に古谷さんにデートのお誘いをしている。
「えっ、今日だよ?! ちょっと急過ぎない?」やはり古谷さんは困惑している。
「まぁ、千佳ちゃんに別の用事があるなら仕方ねーけど……」古谷さんからの二つ返事が聞けなかったからなのか、少し俯き気味に三郎太が消沈している。 晴れて恋仲同士にはなったけれど、まだ恋仲としての二人の中はそれほど進展していないように思われる。 それにしてもこういう場合の三郎太の感情は手に取るように読みやすいから見ていて面白い。
「いや、別に私も用事は無かったけど……それじゃあ、行く?」
「え、マジで? いいの?」
本当に承諾されるとは思っていなかったのか、自分から誘っておきながら三郎太は古谷さんからの前向きな返事にすっかり狼狽してしまっている。
「三郎太くんが行こうって言ったんでしょ! そんな弱気でどうするのっ!」
彼とは対照に、古谷さんにしては珍しく意気軒高に三郎太の弱気を窘めている。
「はい! 行きます行きます行かせていただきますっ!」
ひょっとすると三郎太は案外尻に敷かれる性質なのかも知れない。
それからも五人で閑談を続けている内に「おーいお前ら、盛り上がってるところ悪いがそろそろ教室締めるぞ」と、引き戸に手を掛けながら僕たちに退室を促したのは担任の先生だった。 もう少し話していたかったのにという例の感覚を抱いたのも久々だなと感慨を覚えつつ、僕たちは先生と別れの挨拶を交わし、揃って教室を後にした。




