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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十七話 友情の雨 10

 彼らのやり取りの一部始終を、私は食堂の出入り口付近から眺めていた。

 ――私は食堂で彼と別れてから教室になど戻ってはおらず、食堂の外で待機していた古谷さん達と接触していた。 私の昼食は既に教室で摂り終えていたから、彼に伝えた「教室に弁当を置き忘れた」という発言は真っ赤な嘘だったのだ。


「ほんと、どこまでも世話が焼けるんだから」


 どうやら泣いているらしい彼を見て、本当に彼は涙脆いのだなと再認識しながらそうした皮肉を口にしつつも、彼が古谷さん達と無事に和解出来た事にひどく安堵を感じている自分がいる事に気が付いた私は、一度だけ鼻で自身を笑い飛ばした後、もう自分の出る幕は無いだろうと、私は私の役割を果たし終えた事を確認してから食堂を後にした。 それから私はある場所(・・・・)にふらりと足を運んだ。 そこは私のいこいの場だ。


 気候の関係により先月の下旬辺りから久しく訪れていなかった私の憩いの場――実習棟四階非常階段の踊り場。 私がここに足を運ばなくなってからまだひと月も経過していないのに、どこから飛んで来たのか深い茶の色をした枯れ葉が数枚落ちていて、人の足を踏み入れない場所というものは人知れずこうして自然へと還ってゆくのだろうといった風な哀愁の念を私にいだかせた。


 それから私は空を仰いだ。 今日の朝からどんより曇り模様だった空は私も知らぬ間に空一面を青に染め上げていて、変わらず気温は低く寒い事に変わりはないけれど、正午を過ぎてやや西に傾いた日は確かに私を暖めていた。 これが冬晴れというものなのだろうかと、眩しいくらいに燦々(さんさん)としている太陽を、顔の前に手をかざしながらしばしの間眺めていた。 そうして、


「……私も覚悟、決めないとね」

 私は視線を戻したあと、とある決意を胸にこしらえた。


 その決意は太陽の光に心を溶かされ沸いて出てきたのではなく、かといって私の気まぐれでもなく、すべては『彼』の存在によって引き起こされた必然的な感情だった。

 彼が二度とあのような愚行を繰り返さない為にも、そして、その愚行の原因を作ってしまったであろう私に対するけじめの為にも、私は誰にも話した事の無い私の過去を、彼に明かそう。


 ――今思えば、この辺鄙へんぴな場所で彼の事を知ったのも何かの偶然だったのだろうか。 それとも神様が意図的に仕組んだ必然だったのだろうか。 答えは分からないけれど、どちらにせよ私はもう、過去から逃げるつもりはない。 彼がこれまでずっと自分自身と向き合ってきたように、私もまた私の過去と真摯しんしに向き合わなければならない。


 今更ながら私は、自身の瑕疵かしから逃げずにひたむきに立ち向かう彼の姿に嫉妬していたのだと思う。 彼が一歩一歩着実に前へ進む一方で、私はただの一歩も踏み込めていなかったのだから、そうした焦りや不安から彼を嫉妬してしまっていたのも無理は無い。 彼をさんざん子ども扱いしておきながら、結局のところ私自身も都合の悪い事柄の処理を後回しにしてしまう頑是がんぜない幼子に相違なかったのだ。


 だから私は大人になろう。 駄々(だだ)ねる子供みたような真似をするのをやめ、そのうえで彼に私の弱い部分をさらけ出そう。 たとえ呆れられようとも失望されようとも構うものか。 彼はこれまで私に弱い部分をこれでもかというほど曝け出してきたのだ。 ならば私自身も彼に弱いところを曝け出さなければ不公平だ。 拒否権などは与えない。 一度は彼も私の過去を知りたいと願っていたのだから、この際(すべ)ての出来事の委細を事細かく聞かせてやる。


「――あの子になら、話してもいいよね。 理央」

 拵えた決意は青の空へ溶け出す事も無く、私の胸中にしっかりと定着した。


"前へ進まなくちゃいけない時は、過去を置いていけ"


 私の好きな映画のとある言葉が、自然に脳裏に流れてくる。 確かにその通りだ。 決して忘れてはならないけれど、いつまでもそれを足枷にしていては私は一歩も前に進めない。 だから私は踏み出そう。 小さな小さな、明日への第一歩を。

 歩き出してしまえばこっちのもの。 あとはもう、なるがままに。

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