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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十七話 友情の雨 9

 何でも先週の金曜の時点で古谷さんは玲さんに僕の様子がおかしいと相談を持ち掛けていたようで、それからこの土日の間に何度もやり取りを交わしていたらしい。 恐らく玲さんは先週の金曜日に僕と接触した事を古谷さんに明かしていたのだろう。


 その時に僕を食堂へ呼び出して古谷さんら四人と接触させるという方法を思いつき、しかし四人のうちの誰かが僕を呼び出したところで拒絶されてしまう可能性もあるから、ならばその役は私が買おうと玲さんが名乗り出てくれて――今の状況に至ったという訳らしい。


 という事は先程までの玲さんのあれ(・・)がすべて演技で、僕はまんまと彼女に一杯食わされたという事になる。 僕をおとしいれる目的でなかったとはいえ、誰かに何かしらのうそぶきを働こうとする人というものは、顔色、口調、目の配り、態度に不自然さが宿るものだ。


 それは意識的に隠そうと思っていても隠せるものでもなく、だからこそ人に違和感を覚えられずに嘘を付くという行為は予想以上に大仕事なのだ。 しかし玲さんはそうした素振りを一切匂わせていなかった。 ここまで見事に騙されてしまったらかえって清々しいもので、玲さんも役者だなと妙に可笑おかしくなった。


「ほんま、心配させんなや優紀」

「おっ、ユキちゃんプリンまでおごってもらったのかよ、いいなぁ」

「もう風邪の方は治ったの? 綾瀬くん」

「ユキくん、おかえりなさい」


 それから僕は四人それぞれに声を掛けられた。 しかし、僕が彼ら彼女らに対しあれだけの不義理を果たしておきながらも、また僕とコミュニケーションを取ろうとしてくれている彼ら彼女らの心情がさっぱり理解出来なくて、思わず僕は「どうして、こんな事をしたの? 僕はみんなの事をあれほどけてたっていうのに」と口走ってしまった。


「アホ」


 清々(すがすが)しいまでに、僕の言葉をあっさりと一蹴したのは竜之介だった。 それから彼は続けて口を開いて、「何もかもヤケクソになって独りでおったら俺らが呆れて優紀の友達辞めるとでも思たんか? 甘いわ」と、きっぱり言い切った。


「そりゃあ綾瀬くんも辛かっただろうけど、辛いからこそ独りになんてならないで友達に頼ろうよ。 見てるこっちまで辛かったんだからっ。 それとも、私たちってその程度の仲だったの?」

 少し感情交じりにそう言ってくれたのは平塚さんだった。


わりぃ、ユキちゃん。 あの時は俺も感情的になり過ぎてあんな酷い事を言っちまって。 ほんとはもっと早くに謝りたかったんだけど、俺の方も妙に気まずいっつーか、何て言うんだろ、まぁ、中々タイミングが合わなくてな……でも、今言うわ。 この前はほんとに悪かった! もし俺の事を許してくれるなら、これからも俺と友達でいてくれユキちゃんっ!!」


 片手で後頭部をわしゃわしゃとしつつ、しどろもどろになりながらも自分の思いを素直に吐き出したのは三郎太だった。


「私もこれまで自分勝手なところがありました。 今日ユキくんをここに呼び出そうと決めたのも私の独断みたいなものです。 でも、ここにいるみんなも、玲先輩も、ユキくんの事が心配だからこそ集まってくれたんです。 だから、ユキくんさえ良ければ、これからも私たちと友達で居続けて欲しいです」


 三郎太と同程度の後ろ暗さを覗かせつつも、僕をまだ友達と見てくれていたのは古谷さんだった。 そうして四人それぞれに声を掛けられ終えた僕の心には、徐々に忸怩じくじの念が込み上げ始めた。


 ――僕は馬鹿だ。 大馬鹿だ。 どうしようもない愚か者だ。

 僕は自暴自棄をこじらせて、これほどまでに僕の事を想ってくれている友人たちと縁を切ってしまうところだった。 自身の境遇にばかり固執こしつして、享受きょうじゅして当たり前になっていた彼らとの友情がまったく見えていなかった――いえ、見ようともしなかった。 灯台下暗しなどという言い訳すら生ぬるい。 まるで盲目だ。 まぎれも無い愚鈍だ。


 しかし、このどうしようもなく愚鈍で盲目な僕の目を、心を開いてくれたのは、間違いなく彼ら彼女らだ。 これを幸せと呼ばないで何と言うべきか。 生憎あいにくながら僕の頭にはそれ以外の言葉は思い浮かばない。 だから僕は素直に陳腐で安直なその言葉を心の中でつぶやこう。 ああ、僕はなんて幸せ者なんだ、と。


「よっしゃそろそろ湿っぽいのはやめて飯食おうで! よせな予鈴鳴ってまうわ。 あ、優紀。 先週自分が休んどった日ぃの授業のノートは俺が取っとるからな、あとで渡したるわ」


 竜之介は一度だけ大きく手を叩いてから僕らにそううながし、先週の金曜日の授業内容をしたためたノートを僕の為に取ってくれていた事を明かした後、天玉うどんを勢いよくずるずるとむさぼり始めた。 そうして彼の言動を機に僕らも各々の昼食を食べ始めた。


「なんやサブまだ天ぷら入れてないんかいや、要らんのやったら俺がもろてまうぞ」

「あっ、バカやめろって! 俺は最後に乗せてサクサク食うのが好きなんだよっ!」

 天ぷらを強奪しようとする竜之介の横暴を必死に阻止しようとする三郎太――


「あっ、千佳それ新しいおかず? おいしそー! 一口ちょうだいっ!」

「一口とか言って、また前みたいに全部食べちゃうんでしょ? だめっ!」

 平塚さんの要望をにべも無くあしらう古谷さん――


 ――それらの光景は、僕が独りになる前の光景と何ら変わりなく、そこに存在していた。 何故、僕はまたこの光景を見る事が出来ているのだろうか。

 ひょっとすると、これは僕の夢じゃなかろうか。 僕に都合の良い展開をこれでもかと堪能させておいて、途端に奈落へと叩き落されるのではなかろうか。 そうであるとすれば、僕は早急に目を覚まさなければならない。

 夢の中とはいえ、もう一度奈落に落ちるような経験に耐えられるような精神力を僕は持ち合わせていない。 だから、これが夢ならば(・・・・・・・)、僕は目の前に広がる幸せが壊れる前に、目を覚まそう。


 ――けれど、これは夢などではない。 正真正銘紛れも無く、この世界で心臓の鼓動を刻み続けている僕の現実だ。 ひょっとすると、通学途中に祈ったあの一生のお願いが、神様に届いたのかもしれない。

 これまで僕はさんざっぱら神様に悪態を付いてきたけれど、これほどまでにどうしようもない僕の事すらも救ってもらえるとは、どうやら神様というものは僕の思っている以上に意地悪でもなく、そして、ひどく寛大らしい。


 ――そうして、僕の目の前に広がっている光景しあわせが夢ではないと確信して間もなく、僕の視界はじんわりとにじみ始めた。 あぁ、屋内だというのに、また僕のところにだけ、雨が降っている。 近ごろは天気が悪くてはなはだ困らされる。

 ようやくみんなとまともに顔を合わせる事が出来たっていうのに、これじゃあ視界がひどく滲んでなんにも見えない。 これだから僕の気持ちも知らないで僕をはばかりもなく濡らしてくる雨は嫌いなんだ。 ――でも、今日くらいはみんなの前で思いっきり濡れてもいい。


「だーかーらぁ、真衣にはあげないってば――え、ユキくん?」

「あ、綾瀬くん?」


 いよいよ古谷さんと平塚さんには気づかれてしまった。 二人はひどく動揺しているようだった。 でも、僕はもう逃げない。 僕の為に心の内をさらけ出してくれた彼ら彼女らの前で、僕は僕を隠したりなど出来るものか。 むしろ、なみだでずぶ濡れになった僕の顔を見て、腹を抱えて思いっきり笑い飛ばしてくれてもいい。


 けれどそれは決して、道化としてなどではない。 性別は男のくせに友達(・・)の前で涙を流してしまう涙脆い女みたいな僕――綾瀬優紀という一人の人間として、笑って欲しい。 そうしてくれればきっと僕はもう、心のおりを溜め込まずに済むはずだから。


「おいおいユキちゃんこのタイミングで泣かないでくれよ。 何か俺まで泣きそうになってくるじゃねーかよぉ!」


「サブ、今はそっとしといたれや。 あの優紀が俺らに遠慮せずに涙を見せとるいう事は、それだけ俺らの事を信用してくれとるいう事やろ。 な? 優紀」


「……うん、そうだねっ」


 竜之介の言葉を耳にして、涙も止まらないままに不思議と笑みがこぼれた。 泣いているのに笑っているなんてちょっとあべこべでおかしいけれど、晴れているのに雨が降る事だってあるのだから、別に僕だけおかしい事はないだろう。


 ――今日の天気は大雨ところにより快晴。 傘はもう、置いてきた。

 だって、いくら雨に濡れようとも、両手では抱えきれないほどの暖かなぬくもりが僕の心を乾かしてくれるだろうから。


 どれだけ雨が降ろうとも、いずれ必ず陽は昇る。

 だから僕はこの世界で、息をして生きるんだ。

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