表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
332/470

第四十七話 友情の雨 8

「じゃあ、いただきます」

 僕は玲さんに一言断ってから、一つ目のパンを開封した。


「うん、遠慮せず食べてよ――ん、あれ?」

「どうしたんですか玲さん」


 僕がパンを食べ始めようとして間もなく、玲さんが何かを思い出したかのような素振りで声を上げたものだから、僕はパンをかじる直前で口を止め、玲さんにそうたずねた。 それから玲さんは、


「いや、君の昼食の事ばっかり考えてたせいか、自分の弁当を教室に置き忘れてきちゃったみたいでね」と、ちょっとばつの悪そうに答えた。


 確かに玲さんの目の前のテーブルの上にあったのは僕の昼食のみだった。 僕も数えるほどしか見た事はないけれど、以前に本人から聞いた話では玲さんは自分で弁当を作っていて、桃色掛かった巾着袋に箸とおにぎりと小さなタッパ(その中におかずが入れられてある)が入っており、それを昼食として食べていると言っていた。 しかし今日はその巾着袋が見当たらず、ひょっとすると今日は僕に合わせて弁当ではなく食堂で何かしらの昼食を購入するものかと思っていたけれど、どうやら先の理由で弁当をうっかり教室に置き忘れてしまったようだ。


「ほんとですか? じゃあ、玲さんが戻ってくるまで食べるの待ってますよ」


 玲さんに昼食をご馳走になった上、弁当を取りに戻っている彼女を差し置いて僕が先に食べ始めるのはいささか礼儀に欠ける気がしてならない。 だから僕は玲さんが食堂へ戻ってくるまで食べるのを待っていると伝えた。 しかし彼女は、


「いいっていいって。 もう十三時過ぎてるし、あんまりモタモタしてたら予鈴鳴っちゃうかもしれないから先に食べてていいよ。 んじゃ席離れるね」と言い残し、僕に有無を言わせぬまま席を立って食堂から去っていった。 途端に僕は一人ぼっちになってしまった。


 先に食べていろとは言われたものの、やはり玲さんを差し置いて先に食べ始めるのはどうにも心持が悪い。 しかし、僕が彼女の言い分を無視してまったく昼食に手を掛けていなかったら、玲さんはきっとぷんぷんいかるだろう。 だからここは素直に彼女の言う通り、僕だけ先に食べ始めるのが正解だ。


 ただ、食べ始めるとは言ったけれど、玲さんに対し『僕が先に昼食を食べている』という結果さえあればいいのであって、誰も玲さんが戻ってくるまでに昼食のすべてをたいらげておけなどとは言われていないから、普段のペースよりやや遅めに口を動かしていれば不自然を感じ取られる事も無く『僕が先に昼食を食べている』という結果を彼女へと明示出来るだろう。 そうして僕は、小さく口を開けつつ一口目のパンをかじった――


 一つ目のパンを半分食べ終えた頃、もう五分は経っているはずなのに、玲さんが食堂へ戻ってくる気色は無い。

 玲さんたち三年生の教室は本校舎の二階に位置し、他の学年よりも食堂への行き来は便利だからそろそろ戻って来てもいいはずだけれど、教室に戻った際に双葉さんや他のクラスメイトに捕まってしまったのだろうか――と、玲さんの帰りの遅いのを心配していると、急にがやがやとレジカウンターの方が賑わい始めた。


 声の質から察するにどうやら複数の男女のようだ。 僕の他にこの時間帯から食堂を利用する生徒が居た事に少し驚いたけれど、何かしらの事情で昼休み直後に食堂を利用出来なかった人たちかも知れないから、そう考えれば何も不自然ではない。


 それにしても、レジカウンターの方から聞こえてくる声はどこかで聞き覚えのある声のように聞こえる――けれど、見知らぬ上級生だと不意に目が合った時に怖いから、声の主は気になるものの、どうにもレジカウンターの方を向く勇気も沸かず、僕はまたちびちびとパンをかじり始めた。 それからしばしその声音に気を取られている内に突然「隣、いいですか?」という女生徒の声が僕の右の耳を打った。


 席は他にもたくさん空いているはずなのに、何故この女生徒は僕の隣で食べようとしているのだろうと不思議に思ったけれど、突然声を掛けられた驚きと動揺も相まった上、相手が上級生かも知れないという懸念もあったから、僕もつい

「あ、はい、どうぞ」と、断る素振りも見せずに同席を認めてしまった。

 その時に僕は女生徒の顔を見た。 その女生徒は、古谷さんだった。 僕は今何が起こっているのかさっぱり分からなかった。 そうして僕が絶句しているうちに、先程レジカウンターを利用していたであろう人たちが、


「ほんま腹減ったで、えらい待たせてくれるやんけ優紀」

「腹減り過ぎて天ぷら付けてそば大盛りにしちゃったぜ」

「もぉー、お腹ペコペコー」


 ――などと言いながら僕の席へと近寄ってきた。 その生徒たちの正体は、竜之介、三郎太、平塚さんだった。 僕はすっかりパンを口へと運ぶ手を止めて、声も出ないままに彼らの動向をまじまじと見ていた。

 かくして、僕の隣に古谷さんと三郎太、正面に竜之介と平塚さんが座る形となった。


「どうしてみんな、ここに?」

 僕は驚きを隠す事も出来ず、ただただ狼狽うろたえながらみんなにたずねた。


「ユキくん、驚かすような真似をしちゃってごめんなさい。 実は、私が玲先輩に頼んで、ユキくんを食堂に呼び出してもらったんです」と少々後ろ暗さを覗かせつつも答えてくれたのは古谷さんだった。 それから古谷さんはこの状況を作った経緯いきさつを語り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ