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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十七話 愁情の雨 3

「――それで、雨に打たれてる途中に携帯電話も濡れてしまったみたいで、どうもその時に内部に水が入って駄目になっちゃったみたいなんです。 僕の携帯電話、防水じゃあなかったですから」


「なるほどね。 どうりで今日になっても君の携帯電話に繋がらなかったわけだ」


 僕が昨日の件について話し終えると、玲さんは合点のいったような顔つきで首肯を繰り返していた。 話し終えた直後には、僕の愚かな行為の数々に対して呆れを見せたりとがめられるものかと身構えていたけれど、今の玲さんの態度からはそうした素振りは一切感じられず、そればかりか、どこか安堵したような顔つきまで覗かせていたから、わざわざ放課後から僕の家に僕の鞄を届けに来てくれたという彼女らしからぬ献身さも相まって、きっとこの人は心の底から僕の事を心配してくれていたのだろうと確信的に理解した。


 そうして僕が玲さんの献身に心を温めていると、彼女は何の前触れも無くついとその場に立ち上がった後、僕の方を向いて「先に謝っておくよ、ごめんね」と要領の得ない言葉を発した直後――僕の左頬は彼女の右の平手によってはたかれた。

 一瞬、何が起きたのかさっぱり理解出来なかった僕は、訳も分からないまま叩かれた左頬の痛みをこらえながら玲さんの顔を見――る間もなく、玲さんは僕の首元に両腕を回し、ぎゅっと僕を抱擁してきた。


 頬を叩かれたかと思えば息つく暇も無いまま抱擁され、そうした彼女のあべこべな行動の連続にいよいよ僕の頭は処理が追い付かなくなってしまい、自分でも情けないほどの声色で「玲……さん?」とだけ呟いたあと、僕は玲さんの出方を待つしかなかった。


 しばらく玲さんは何も言わず、ただ僕をぎゅっと抱きしめていた。 先にはたかれた左頬はまだヒリヒリと声を上げていたけれど、彼女の身体からただよってくる女性特有の、とでもいうべきか、石鹸のような優しくふんわりとした甘い匂いが僕の鼻腔びこうくすぐり、そして彼女の毛先が僕のはたかれた左頬をいたわるように撫でていたから、その二つの感覚によって頬の痛みが徐々にやわらいでゆくのを感じた。 そうして、頬の痛みが完全に引いた頃、


「誰も傷つかないように自分の命を終わらせる? ――馬鹿な事言わないで。 君はそれで済むのかもしれないよ。 でも、残された人の事も考えてみなよ。 君のお父さんも、お母さんも、兄弟も、友達も、――私も、みんなきっと悲しむよ。 君は一歩間違えれば一生ぬぐう事の出来ない悲しみをみんなに植え付けるところだったんだよ。 それでも良かったって言うの?」


 少し震えた声は、しかし言葉の一つ一つに芯がこもっていて、そうした僕が僕の命をぞんさいに扱った事に対するとがめの言葉を、玲さんは僕の耳元で呟いた。


「……ごめんなさい」

 耳と心が痛かった。 けれど、僕は謝る事しか出来なかった。


「死んじゃったら、何も意味が無いでしょうが」

 玲さんはいっそう、僕の身体を強く抱擁した。


「……はい」

「ばかっ」

「僕は、馬鹿です」

「――二度と、そんな真似をしないって約束して」

「……わかりました。 約束します」

「うん、うん、確かに聞いたからね。 これで約束破ったりしたら承知しないからね?」


 しっかり言質げんちを取られた後、玲さんは抱擁を解いて僕の前に立った。 声の性質や腕の震えから、ひょっとすると玲さんは泣いていたのではと勘繰っていたけれど、僕の前に立っていたのは、いつも通りの凛とした玲さんだった。 それから彼女は「あっ」と言いつつスカートのポケットの中から自身のスマートフォンを手に取って何かを確認したかと思うと、


「もうこんな時間だ、そろそろ帰らなきゃ」と、何やら時間を気にしている様子で床に置いていた自身の鞄を手に取った。


「もう、帰っちゃうんですか」と反射的に応答した僕はきっと、無意識的にもっと玲さんとの時間を過ごしていたいと願ってしまっていたのだろう。 心も身体も弱り切っている僕を見捨てる事もなく、僕が二度とあのような愚行を働かないようにと叱咤しった激励げきれいしてくれた彼女の真摯しんしな思いやりは、確かに僕の塞ぎ込んでいた心を揺り動かしていたのだ。


「うん、家にも帰らずにここに来た事は私の親にもまだ話してないし、何より君の家もそろそろ夕飯時だろうからさすがにこれ以上長居は出来ないよ」


「そう、ですか。 もうちょっと、話していたかったです」

 あぁ、駄目だ。 頭では分かっているはずなのに、僕は玲さんに甘えたくてしょうがなくなってしまっている。

 

「なーに甘えた事言ってんのさ。 別に今日別れたからって二度と会えなくなる訳じゃあないでしょ? そんなに私と喋りたいんだったら、この休みの間にしっかり体調を整えて、月曜日はちゃんと登校してくる事だね。 だったらいくらでも相手してあげるよ。 でももし風邪も治ってるのに休んでたりしたら、また放課後から君の家に乗り込んで頬っぺた引っぱたきにくるからね」


 案の定玲さんには僕の甘えを読み取られていた。 いえ、玲さんでなくとも見え見えだったろうけれども。

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