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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十六話 Eclipse 15

 私の最後の聞き込みの対象として選んだ黄色の車から一人の中学生くらいの男の子が助手席側から降りてきたかと思うと、運転手の母らしき人と何かを喋った後、ドアを閉めて駅の方へと向かっていった。 このままだと送迎を終えたあの車はたちまちこのロータリーから去ってゆくだろう。


 目的の車を諦めて次に現れた車の運転手に話を聞く事も出来るけれど、次の車がいつここに現れるなんて事は私には想像もつかないし、会社終わりの人たちが利用しようとしているのか、十七時半を過ぎてから駅周辺の人通りが明らかに増え始め、ますます私の行動の不審さが不特定多数の人々に晒されてしまう恐れもあったから、話を聞くならばあの車しかないと決断を迫られた私は少し小走りで目当ての車に近づいた。


 私が歩道からその車目掛けて足を進めている事に気が付いたのか、黄色の車の運転手の女性は車を発進させずいぶかしそうに私の姿を見ていて、私が例によって会釈を果たすと、女性は助手席側のパワーウインドを開けて「どうか、したの?」と、やけに心配そうな声と顔つきで私に声を掛けてきた。


 中学生らしき子供が居たのだから、恐らくそれなりに歳は重ねているのだとは思うけれど、私の目にはどうしても彼女が二十代後半の若々しい女性にしか見えなかった。 ふと、その中学生らしき男の子の姉なのだろうかとも勘繰ったけれども、あの男の子が車のドアを閉める前、私の耳には確かに「お母さん」という言葉が聞こえていたから姉の線は無い――などと、運転手の女性のあまりにも若々しい容貌から、彼女に関する思考が頭によぎってしまったけれど、今はそのような些事さじに思考能力を費やすほどの余裕が無い事は分かっている。


「あ、えっと、ある人の家を探してて、この駅周辺に綾瀬っていう人の家があるはずなんですけど、聞いた事ないでしょうか」


 だから私は先の思考を振り払うが如く、一呼吸置く間も無く例の件について彼女にうかがった。 しかし、もうこのやり方に後がないという焦りと、向こうの方から声を掛けてきた事に対する動揺も相まって、私は私の思っている以上にひどく狼狽ろうばいしている。 先にこの人がこの地域周辺に居住しているかどうかを聞かなければならなかったはずなのに、その過程をすっ飛ばして単刀直入に彼の家の在り処をたずねてしまった。


 当然、私の突拍子も無い質問に女性は目をぱちくりさせながらきょとんとしている。 そら見た事かと、私は最後の最後に立ち回りを大失敗してしまったと大いなる後悔を抱いた。 この女性の態度からするに、きっと私の口にした家の在り処など知っていそうにも無い。 やはり私の行動は短絡的過ぎたのだ。


「綾瀬さんなら、私の家の隣保だけど」

「そうですか――えっ?!」


 女性の返答を聞く前からすっかり諦観を胸中にこしらえていて応答まで粗略そりゃくになってしまったけれど、今確かにこの女性は、彼の家を知っているだけでなく、綾瀬家の隣保に居住していると言った。


「え、あの、変な事を聞いてしまうんですけど、その綾瀬っていう家には、子供がいますか?」


 綾瀬という名字が珍しい事は既に知っていたから、その名字が同じ地域に二つも三つもあるとは思わないけれど、万が一に私の探している綾瀬家とは違う綾瀬家でしたなどとなった日には心労でその場から動けなくなってしまいかねなかったから、相手側に不可解だと思われようとも、それだけはあらかじめ確認しておかなければならない事項だった。


「うん、いるいる。 三人兄弟がいてみんな背が高いんだよ」


 三人兄弟――背が高い――これは間違いなく、彼の家の事だ。 これが別の綾瀬家だというのならば、私は私の不運さを呪いながらその家の前でわんわん泣きわめいてやる。


「多分、私の探している家はその家です。 どこにありますか?」

「駅の北の方なんだけど――あ、私今から家に帰るんだけど、もしよかったらそこまで乗っていく? どうせ帰り道だし」


「えっ、いやっ、さすがにそこまでしてもらうのは」

「いいのいいの。 ここから近いって言っても場所を知らないと道に迷っちゃうかもしれないし、もう辺りも真っ暗だから一人で知らない道を歩くのも心細いでしょ? さぁ、乗って乗ってっ」


 なるほどこの女性の言う通り、空にはすっかり夜のとばりが下ろされているし、私もこの地域に来たのは今日が初めてで、仮に道を教えてもらったとしても道に迷う事も無く彼の家に辿り着ける自信は無かった。 それに加えて、先ほどまで続けていた無茶な聞き込みの連続で心が憔悴しょうすいしかかっていたところに、この女性の懇篤こんとくさが私の胸をひどく温めたものだから、


「……わかりました、じゃあ、お言葉に甘えて」


 私もいよいよ断れなくなって、後部座席に二つの鞄を積み込ませてもらった後、とうとう助手席に乗り込んでしまった。

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