第四十六話 Eclipse 12
「だって、私がそれを知った時、正直私はこれ以上友達としてユキくんとうまく付き合えないかもって思っちゃったんです。 でも玲先輩は、その日初めて会った人がそういう人だって知ったにもかかわらず、これまで普通にユキくんと付き合って来たって事ですよね。 私だったら多分、玲先輩みたいにうまく付き合えてなかったと思います。 だから玲先輩は、すごいです」
「……よしてよ。 私は、全然すごくなんかない」
――そうだ。 私は古谷さんからの称賛を絶対に受け取ってはならない。 何故なら、私が彼に肩入れしていた理由は、私の罪の痛みを和らげる為の麻酔を欲していたが為なのだから。
「でも、玲先輩がこれまでずっとユキくんの事を見守ってきたのは事実ですし、それによってユキくんも救われたと思うんです。 きっとユキくんは、玲先輩に感謝してるはずですよ。 そのユキくんの思いまで否定する事はないんじゃないですか?」
痛いほどに、古谷さんの言葉の一つ一つが胸に突き刺さる。 今ここで、彼女からの称賛の言葉を取り付く島も無く真っ向から全否定する事は容易い。 けれども、今はこんなところで意地を張っている場合じゃあない事も理解している。 称賛を余さず受け入れるという訳では決してないけれど、今は私の意地よりも、古谷さんや彼の問題を優先する事の方が重要だ。
「そうだね。 それを否定しちゃったら、あの子の頑張りまで否定してしまう事になるから。 まぁ、それはそれとして、古谷さん」
「えっ? あ、はいっ」
私が淡々とした口調で急に名前を呼んだからなのか、古谷さんはちょっと驚いた様子で私の呼び掛けに応答した。
「誰かのカミングアウトを本人の承諾も無く第三者に明かしてしまうのは絶対にやっちゃいけない事だからね。 さっきの口振りから、君は多分そのルールを知ってたとは思うし、誰彼構わずにその事を暴露するような子じゃないとは私も理解してるけど、それでも本人の同意無しにその人のカミングアウトを明かすのは絶対に駄目。 いくら君が戸惑いや不安を抱いていたとしても、それは言い訳にはならないから。 君もそこだけはしっかり反省しておいて」
「……はい。 ごめんなさい」
古谷さんは重苦しい表情を覗かせつつ謝罪を果たした。 私だって出来れば古谷さんにこんな事を言いたくは無かったし、彼女も二度とこのような真似はしまいとは確信していたけれども、ここは先輩として、そして、彼の性質を誰よりも知っている者として、彼女の危なげな行為を咎めておかなければならなかった。
――それはともかく、ここに来て私の中の彼に対する怒りが頂点に達しようとしていた。 よもや私にだけでなく、古谷さんや他の友達にまで多大な迷惑を被らせているとは。 そして古谷さんには自身がトランスジェンダーである事を唐突に明かし、彼女に不必要な戸惑いと困惑を与えてしまっている。 これはもう、お小言の一つや二つだけでは私の腹の虫が治まりそうにない。 もう、直接会った上で、問答無用に頬っぺたを引っ叩いてやらないと気が済まない。 私をここまで怒り心頭にさせた事を、絶対に彼に後悔させてやる。
「でも、古谷さんが今でもあの子の心配をしてるって事はすごく伝わったよ。 ――だから、さっきの相談の件、やっぱり私に預けてくれないかな」
良くも悪くも、古谷さんのカミングアウトを受けて決意が固まった。 もちろん反省はしてもらわないと困るけれど、おそらく彼女のそれが無ければ私の心は動かなかっただろうから、ひとまずのところは大目に見ておこう。
「えっ? それって、どういう?」
「いいから任せておいて。 きっとあの子を立ち直らせてみせるから」
「……わかりました。 お願いします。 私に出来る事があったら何でも手伝うので、もし何かあったら遠慮なく言ってくださいっ!」
「うん、分かった――っと、予鈴鳴っちゃった。もうそんな時間だったんだ。 何かごめんね、相談受けるって言ったのに特に何もアドバイス出来ないまま私に任せてくれなんて勝手な事言っちゃって」
「いえっ、何だか知らないですけど、玲先輩がそう言ってくれたら本当に何とかなりそうなので、私は玲先輩を信じます!」
「期待大だなぁ。 こりゃ失敗できないや。 それじゃあ何かしらの結果が出たらまた連絡するから、それまで不安だろうとは思うけど、今は私を信じて待ってて」
「はい。 それじゃあ、また」
こうして私は古谷さんと別れた。 古谷さんの手前、格好良い事を言ってしまったけれど、正直私のやろうとしている事がどう転ぶなんてのは私にも分からない。 けれど、私に残された彼や古谷さんを救う方法はもう、これしか無かった。 だから私はたった一つの方法を愚直に信じ、彼を絶望の淵から這い上がらせてみせる。




