第四十六話 Eclipse 11
「聞きたい事?」
てっきり私は古谷さんからの相談の内容が先の用件のみだと思い込んでいたから、まだ彼に関する懸念事を持ち合わせていたのだろうかと私は少し身構えた。
「はい。 ……こんな事を本人の承諾無しに誰かに伝えてしまうのは駄目だっていう事は理解してるんですけど、私もどうしたらいいのか全然分かんなくて、それで、ユキくんの事を良く知ってる玲先輩ならもしかするとこの事を知っているんじゃないかと思って」
古谷さんはばつの悪そうに、回りくどく濁した表現で私に聞かんとすべき内容を言い渋っている。 先の言い回しからやはり彼に関する何かだという事は読み取れたけれど、彼女が彼に関する何を私に訊きたいのかまでははっきりとしなかったから、私は率直に「それで、その内容っていうのは?」と、古谷さんの私に訊ねようとしている内容について差し迫った。
それから古谷さんは口を一文字に結びつつ、露骨に視線を下げた。 自分から進言しておきながらも言わんとする内容について言い渋る、その禁忌への接触とでも言うべき行為に対する畏怖の態度から推断するに、彼女にとっても、そして、彼にとってもよほど不都合な内容らしい。
しかしここで古谷さんを問い詰めるのは酷だ。 言い淀んではいるけれど、ここまで語っておきながら『やっぱり言うのをやめます』なんていい加減な事を言うほど、彼女は無責任ではない。 だから私は古谷さんを信じて、彼女の発言を待った。
そうして、いよいよ心を決めたのか、古谷さんは俯かせていた視線を私の方に戻し、決意の宿った瞳で私を正視した後、ようように口を開いた。
「玲先輩は、ユキくんがトランスジェンダーだって事、知ってますか」
「――っ!! 誰から聞いたのっ?!」
「えっ、ちょっ!? 玲先輩っ?!」
「ねぇ、何で知ってるの?! 噂とかで耳にしたの?!」
「ちょっ……玲先輩っ、痛いですっ……!」
古谷さんの苦悶の語勢を耳にして、私ははっと我を取り戻した感覚を得た。 私は彼女の口から彼がトランスジェンダーである事を知っているかという問いを投げ掛けられた途端に頭の中が真っ白になり、気が付けば私は古谷さんの両肩を両手でがっしりと掴みつつ揺さぶって、何故彼女がその事実を知っているのだと問い詰めてしまっていた。
「ご、ごめんっ! 古谷さん」
私は咄嗟に古谷さんの両肩から手を放し、彼女から一歩離れた上で謝罪した。 と同時に居た堪れない罪悪感に襲われて、自身をひどく嫌悪した。 これでは、あのとき私を力づくで押し倒した彼とまるで一緒だ。 何故私は、こんならしくもない愚行を働いてしまったのだろう。
「い、いえ、大丈夫です。 ……でも、その反応からすると、やっぱり玲先輩はユキくんがトランスジェンダーだって事、知ってたんですね」
古谷さんは私に掴まれていた左肩辺りを手で軽くさすりつつ、私が彼の性質について知り得ていた事に確信を得ていた。
「――うん。 でも、これだけは教えて欲しい。 何で古谷さんは、あの子がトランスジェンダーだって事を知ってたの?」
私がそう問い質すと、古谷さんは淀みなく「それは」とたちまち応答し、彼女が彼の性質について知った経緯を語り始めた――
「――あのバカっ。 自暴自棄にも程があるでしょ……」
古谷さんの話によると、彼女が双葉の弟くんと交際しているという旨を彼に伝えた後、突拍子も無く古谷さんにその事実を伝えてきたらしい。 意図も無く自身のそうした性質を誰かに明かすという事がどれほど危険極まりない行為であるかという事なんてのは、他の誰よりも彼が一番痛いほどに心得ているだろうに、彼はまた自分の手で過去の苦い過ちを再現しようとしていたのだ。
古谷さんの想いが双葉の弟くんへ移ってしまった事による精神的苦痛はもちろん作用していたのだろうけれども、よもや彼がここまで軽率極まりない行為を働く人間だとは思いもしなかった。 私が彼の事を買いかぶり過ぎていただけなのだろうか――いや、それでも、彼の男になろうとするあの熱意は本物だったと信じたい。 だからこそ、尚更彼の愚昧な行為を心底許せなかった。
「でも、玲先輩はどうしてユキくんがそうだって事、知ってたんですか?」
「あぁ、その事なんだけど、実はね――」
彼がトランスジェンダーである事実を私が承知しているのを古谷さんに知られてしまった以上、今更隠したところで仕様がなかったから、私は初めて彼と出会った日に起こった出来事を(嘔吐の件は伏せて)端的に古谷さんに語った。 どうせこの際だからと、私がその日から彼の男の容の完成を目指してゆく為のサポートをしていた事も明かした。
「――じゃあ、玲先輩は、あの日からユキくんがトランスジェンダーだって事、知ってたんですか」
私の話を聞き終えた後、古谷さんは何やら複雑な顔つきで、私が彼の性質を半年以上も前から知り得ていたという事実を噛み締めていた。 私は「うん」と簡単に返事をした。
それから「やっぱりすごいですね、玲先輩は」という、古谷さんの要領を得ない言葉が私の耳に聞こえてきて、思わず私は鸚鵡返し的に「すごいって、何が?」と、首を傾げながら彼女に訊ねた。




