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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十六話 Eclipse 8

 朝のホームルームの終わった数分後、私のスマートフォンは振動を来した。 通知の元は恐らく古谷さんであろうと推測してから通知を確認すると、果たして先の着信は彼女からで、送られてきた文章はこうだった。


[ホームルームの時に担任の先生が言ってたんですけど、ユキくん風邪を引いたみたいで今日はお休みらしいです]


 その文章を見終えた後、私は彼が今もなおこの世界に存在しているのだという事を知って、ほっと胸を撫で下ろした。 私の想像していた最悪の事態は、どうやら回避されていたらしい。

 しかし――道理で登校していない筈だと納得しつつ、彼が学校に来ていない事で私が彼の鞄を学校まで運んできたのはまったくの徒労となってしまった。


 彼の事が心配なのは事実だけれど、すっかり安堵を覚えて心に少し余裕が出来始めたからなのか、何故私がここまで彼に振り回されなければならないのだと、つい先程まで心配に回っていた念はいつの間にか彼への怒気へと転化してしまっていたようで、私の怒りを収め続けていた堪忍袋もいよいよ許容量の限界を迎えようとしている。 今にも外に溢れてしまいそうだ。


 そうして、古谷さんからの報告を受けてまもなく、意図せず苦虫を噛み潰してしまったかの如き思いを抱かされていた最中さなか、手に持っていたスマートフォンがまた振動を来した。 古谷さんが再度メッセージを送ってきたらしい。 内容を確認してみると、


[あと、玲先輩って今日お時間ありますか?ちょっと相談したい事があって、できれば直接お話したいんですけど]という、私への相談の依頼だった。


 古谷さんから相談を持ち掛けられたのは体育祭の時以来だったけれど、どうやら彼女は今、一人では解決しきれない悩みを抱えているようだ。 そしてその悩みの種というのはきっと私と同じく、彼に違いない。 しかしこれは良い按配あんばいだ。 私としても、今回の彼の暴走のきっかけとなったであろう古谷さんの口から直接彼の事を聞けるのは大きな収穫となるだろう。


 古谷さんや双葉の弟くんとの間に軋轢あつれきが生じたという事実は彼の口から聞いたけれど、ひょっとするとあの時に彼の口から語られなかった、もしくは意図的に伏せた内容もあるかもしれないから、彼女の口から語られる内容によっては、彼のここまで追い詰められた真の理由が明らかとなるかもしれない。


[私の方もあの子の事について聞きたい事があったからちょうど良かったよ。話すのは昼休みでいいかな。]

 だから私は二つ返事で古谷さんからの相談を受け入れた。


[はい。場所はどうしますか?]


[外は寒いから、実習棟四階の非常階段前でもいいかな。ほら、君があの子に告白してたあの場所。あそこなら誰も来ないだろうし。]


[あそこですね。昼の何時ごろに集まりましょうか]


[お昼食べてから来てくれたらいいよ。多分私の方が先に食べ終わってそこに居るだろうから。]


[わかりました。じゃあまた昼休みにお願いします]というメッセージを最後に、ひとまず古谷さんとのやり取りは終わった。


 それにしても、彼が風邪を引いたという事は、彼はどこかのタイミングであの豪雨に晒されたのかもしれない。 雨に濡れるのをあれほど嫌っていた彼が雨に濡れて風邪を引いてしまうなど、これほど彼にとって屈辱的な事は無いだろう。


 まさに弱り目に祟り目だと少しばかり同情の念は抱いた。 けれど、彼が私にしでかした行為の数々を思うと、この程度の灸据えは当然のむくいだと言える。 ただ、病人に対しくどくどと悪態を付くほど私も性根は腐っていないから、私の彼に対する鬱憤うっぷんの一片を雨が代わりに晴らしてくれたという事にして腹の虫を抑えつつ、私はきたるべき昼休みの訪れを待った――



 ――そうして昼休み。 私は教室で手早く昼食を終わらせた後、古谷さんとの待ち合わせ場所として指定した実習棟四階の非常階段前に向かっていた。 教室を出る前に双葉に「どこ行くの?」と聞かれた時には返答に困ったけれど「ちょっと散歩」と適当な理由を口にしたら存外あっさりと「わかった、いってらっしゃーい」と見送ってくれた。 万が一に双葉の気まぐれで私に付き纏われた時の対処法も考えていただけに、結果オーライだったとはいえ、どこか肩透かしを食らったような気分だった。


 双葉に引き留められなかった事も助けて、私は数分と経たずに待ち合わせの場所に辿り着いた。 古谷さんはまだ到着していなかったようだ。 それからしばしその場所付近の窓から、本校舎の窓に映る生徒たちの様子をうかがっているうちにどこからともなく早足気味の足音が聞こえてきて、まもなく小走りでこちらへ向かってくる古谷さんを確認した。


「すいませんっ、遅れました……はぁ」


 古谷さんは私の元に辿り着くなり膝に手を乗せて息をあららげながら呼吸を整えようとしていた。 私を待たせていると思ったのか、どうやら彼女は教室から駆けてきたらしい。 ひょっとすると、私があの時『私の方が先に居るから』と言ってしまったせいでそうした要らぬ気遣いをさせてしまったのかも知れない。 ちょっと悪い事をしたなと、妙にばつが悪くなってきた。

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