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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十六話 Eclipse 7

 ひとまず教室には辿り着いたけれど、ここからが問題だ。

 彼の鞄をここまで持ってきたとは言え、これを直接彼のクラスへと渡しに行く事は出来ない。 何故私が彼の鞄などを所持しているのかと、他の生徒に勘繰らせてしまうからだ。 私はもちろんそうだけれど、いくら自身の鞄が手元に戻ってくるとはいえ、彼もそうした私の顧慮こりょ無き行動による状況の更なる悪化を望んではいまい。


 直接渡しに行く事が出来ないとなると、私が取れる行動は二つに絞られる。 一つは、双葉が登校するのを待ってから、双葉に頼んで弟くんと連絡を付けてもらい、弟くんから彼を指定の場所へと呼び出すというやり方。 もう一つは、古谷さんに連絡を付けて、同じく彼女に彼を呼び出してもらうというやり方。


 ――ただ、この二つの行動のいずれにも、彼が今一番関わりたくないであろう二人がたずさわってくる。 しかし、私の手から鞄を取り戻さなければならない以上、彼も四の五の言っていられないだろうから、多少の気まずさなり後ろ暗さなりには耐え忍んでもらわなければならない。


 そして前者は正直、最善の策とは言えない。 何せ双葉の登校する時間が毎度毎度始業時間ぎりぎりで、現在は八時二十分前。 呑気に彼女を待ち呆けていては始業時間までに彼に鞄を渡す事は叶わないだろう。 だから私は後者、古谷さんに連絡を付けるやり方を選択した。


 私はSNSアプリを開き、古谷さんの連絡先を出して、彼が今学校に来ているかという簡単な文章を作成しようとした――矢先、私は単純極まりない問題につまずき、文章を作ろうとしていた指がぴたりと止まってしまった。


 私はこれまで彼の名を呼んだ事がほとんど無く、彼の事を何と呼べば良いのか迷いあぐねてしまったのだ――いや、ほとんどどころの話ではない。 私が覚えている限りでも私が彼の名を呼んだのは、後にも先にも彼と初めて対面したあの時以来で、それ以降私は彼の事を『きみ』だったり『生意気くん』だったり(さすがにその名を直接彼に言った事は無いけれど)でしか呼んだ事がなかったのだ。


 けれど、こんな些細な石ころでつまずいている場合ではない。 彼の名はフルネームで知っている。 呼び捨てだろうとくん付けだろうと今更名前の呼び方一つに目くじらを立てるほど彼も子供ではないだろうし、私たちの仲が浅くない事も心得ているはずだ。


 何より今回は彼の名を直接彼に言う訳ではなく、あいだに古谷さんを介する訳だから、私が彼の名を呼んだ事は彼には伝わる事は無い――けれど、これでは私が彼の名を呼ぶ事を躊躇ためらっているようでなにか引っかかる。 なるほどこれまで彼の名を呼ぶ事に忌避なる『なにか』を感じていた事は認めよう。 しかしそれは断じて、彼への恋慕の情から来る照れだとかの、そうした浮付いた理由では無い事だけは断っておこう。 その理由は追々探るとして、今は何でもいい、彼の呼び方を考えなければならない。


「……」

 私は机の上にスマートフォンを置き、腕を組んで画面とにらめっこしながら彼の呼び名を考えた――そうして、


[おはよう。朝早くから急にごめんね。今日って綾瀬優紀くん、もう学校に来てる?ちょっと話したい事があったんだけど、昨日からあの子の携帯に繋がらなくてね。]というメッセージを作成し、古谷さんに送信した。


 ――呼び捨てでもなく、名前呼びでもなく、彼の事をフルネームに君付けで呼んでしまったのは、きっと私の中の忌避なる『何か』が作用してしまったからだろう。 何だか無性に照れ臭くなってきて、私は訳も分からず頬を熱くした。


 それからたちまち既読が付いたかと思うと、その数分後に[おはようございます。ユキくんはまだ登校してないみたいですね]と古谷さんから返ってくる。 以前の彼との会話の中で彼の通学に関する話を聞いた事があったけれど、その話から推断すると、今の時間帯なら彼は既に登校していなければならない筈だ。


 しかし未だ登校していないという事は、教室に居たくないから始業時間ぎりぎりまで何処かで時間を潰しているのか、はたまた、はなから学校に登校するつもりがなかったのか。 そうして私が彼の登校に関する推測を頭に巡らせてる最中に、またスマートフォンが机の上で振動した。 何やら古谷さんがまたメッセージを送ってきたようだった。


[玲先輩もユキくんと連絡取れてないんですね。実は私も昨日の夕方からユキくんの携帯電話に繋がらなくて……他の友達も一緒だって言ってました]


 どうやら古谷さんや彼の友達も昨日の夕方から彼と連絡が付かないらしい。 一体彼は何処まで迷惑を掛ければ気が済むのだと、朝から沸々(ふつふつ)と煮えつつあった彼に対するいきどおりは、ここに来てピークを迎えようとしていた。 しかしその憤りは彼に直接ぶつけると決めたから、爆発寸前の怒りを何とか堪忍袋いっぱいに収めつつ、


[なるほどね。わかった、ありがとう。もしホームルームの後にあの子に関する事が何か分かったらまた連絡くれる?]と、古谷さんに依頼した。 返事はすぐ来て[わかりました。先生なら何か知ってるかも知れないのでホームルームが終わったら聞いてみます]と、私からの依頼を承諾してくれた。

 古谷さんと繋がりを持っておいて良かったと心から安堵しつつ、私は今まさに登校してきた双葉の相手を始めた。 彼の鞄は悟られぬよう、私の鞄の後ろに隠して。

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