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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十六話 Eclipse 6

 翌朝。 目を覚ました瞬間、どう考えても自分が寝不足なのを体感で悟った。

 結局あれから私は四時頃まで寝付けなくて、そこからようように眠りに入ったかと思ったのも束の間。 夢を見るいとますら無く次に目を開けた瞬間には普段私の起床する七時半ちょうどだった。


 時間で言えば三時間程度は寝ていた事になるのだろうけれど、それでも普段の半分にも満たない睡眠時間だったから、後頭部辺りが妙に重たくてぼーっとしているのといい、全身の気だるさといい、私の寝不足なのは私が一番心得ていた。


 こうした中でも不幸中の幸いだったと言えるのが、明らかな寝不足状態にもかかわらず、普段通りの時間に目が醒めた事だ。 私の起床する頃には父も母も仕事で既に家を出払っているから、私の過度な寝坊は即ち遅刻と直結している。


 そして私はこれまで三年間の内に一度たりとも遅刻欠席をした事が無く、別に皆勤を狙っていた訳ではないけれど、ここまで来たからには卒業するまで無遅刻無欠席を貫き通したいという思いは少なからず私の心に芽生えていたから、皆勤にきずが付かなくて内心ほっとしていた。


 それから私は朝食を終えてから手早く朝の支度を済ませ、玄関先でいよいよ家を出るという間際に、私は昨日取り決めた通り、彼に通話を試みた――けれど、耳に聞こえてきたのは例のアナウンス。 今日になっても彼の携帯電話には電源が入れられていないらしい。

 一体何がどうなっているんだと、朝っぱらから苛立ちを覚えてしまったけれど、今その件について腹を立てても仕方がない事くらいは理解している。


 こうなってしまった以上、私は彼の昨日置き忘れていった鞄を学校まで持ち運び、彼に届けてあげなければならない。 今日の朝に連絡さえ付いていれば、彼が登校する前に私の家に寄らせて直接鞄を取りに来させる事でひとまず私の心労の一つは取り払えたというのに。


 果たして私がそこまでする義理はあるのかという疑問を抱いていない訳ではない。 しかし、今の彼が誰にも頼れない状況下にある事は知っているから、完全に味方をしようとは思ってはいないけれど、せめて一時的にでも私が彼の心の拠り所になってあげなければ、追い詰められた彼が何をしでかすか分かったものじゃない。


 それこそ、昨日私を強引に押し倒した時のような事を同級生などに働いてしまったら、彼の高校生活は確実に崩壊するだろう。 そうなってしまわないよう、今は私が防波堤になるしかないのだ。

 昨日あれだけの事をされておきながら今もなお彼に救いの手を差し伸べようとしている私の考えは甘いだろうか――問うまでも無く、きっとどうしようもなく甘々だろう。


 けれど、何度彼に呆れようとも、何度彼を見損なおうとも、私にはどうしても彼の事が見捨てられない。 およそ私には似つかわしくないその献身的な想いの出所は、彼の行く末を最後まで見届ける事もなく冷淡に突き放してしまった事に対する後悔でもなく、ましてや、いつぞやにいだいていた彼に対するほのかな恋慕の情から沸いて出てきた贔屓ひいきの情けでもなく、ただただ、彼の安否を気遣うが故に抱いた、言うなれば親心のようなものだ。


 ――ああ、そうだ、認めよう。 私は彼の事が本当に本当に心配なのだ。

 彼を叱りとがめる事などいつでも出来る。 だから今はただ、彼の安否が知りたい。 たった一目でいい、彼の姿をこの目に映したい。


 ――よし。 と靴を履いて土間に立ち上がった私は、自分の鞄を肩に掛けたあと、彼の鞄を手に提げ、家を出た。 雨はすっかり止んでいて、しかし昨晩雨の降っていた所為か、昨日の比較的温暖な気候とは打って変わって、今日の気温は季節にたがわない低気温。 吐く息は白く、頬に突き刺さるような寒風は、私に冬という季節をまったく思い出させた。


 それにしても寝不足の為か、それとも鞄を一つ多く持ち運んでいる為か、普段通りのペースで歩いているというのに息が上がってきた。 歩き慣れた道のりのはずなのに、学校までの距離がひどく遠くに感じる。 この重労働のツケ(・・)は必ず彼に支払わせてやろうと算段しつつ、私は白い息を置き去りにしながら学校へと向かった。

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