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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十六話 Eclipse 5

 夕方の駅員への聞き込みによって、あの救急車が彼の為に呼ばれたものではない事ははっきりとしたけれど、彼の携帯電話に私の通話が繋がらなかった理由については未だに判明出来ないでいる。 ただ、ある程度の予測は付いていたから、私はその予測を元に、彼に通話が繋がらなかった理由を考えていた。


 通常、電源が入っているなら通話拒否されていたとしても、その電話番号へは接続出来ないという旨の音声アナウンスが流れる。 通話中であったらツーツーという音のみが聞こえてくる。 そしてあの時、私が通話を試みた際、電源が入っていないか電波の届かない所に居る為に接続出来ないというアナウンスのあと通話は途切れた。


 さすがにあの状況から彼が電波の繋がりにくい地下などに行ったとも考えにくいし(そもそも、私が知っている限りこの辺りに地下へ繋がる場所などない)、つまり彼の携帯電話は、私が通話を試みた時点で電源が切れていたという事になる。


 あまりの絶望から、一切の連絡を絶つため意図的に携帯電話の電源を落としていたのか、はたまた、たまたま携帯電話の電池が切れたのか――いや、彼は日々の携帯電話の充電をおこたるほど抜けてはいないし、私が覚えている限りモバイルバッテリーを持っていたとも記憶している――しかし、ここ数日精神が不安定だったであろう彼の行動は読めたものではないから彼の人となりにかんがみた憶測は当てにならないし、さすがにモバイルバッテリーは財布や携帯電話のように肌身離さず持ち歩かないだろうから、彼が今日それを所持していたとしても、おそらく鞄の中だろう。


 ――以上の観点から推断するに、彼の携帯電話の電源の入っていなかった理由は、情緒不安定状態に陥った彼が前日に携帯電話の充電を怠ってしまい、頼みのモバイルバッテリーの入っている鞄も私の家に置き忘れて敢え無く携帯電話の電池が切れてしまったという線が有力だろう。


 だから、今の時間帯ならばきっと彼は、電池残量の切れた携帯電話の充電を済ませているはず。 私はそう予測した上で、彼に通話を試みた――けれど、結果は夕方の時とまるっきり同一だった。 未だ彼の携帯電話の電源は入っていないらしい。


 指先一つで誰かと繋がり合える便利なコミュニケーションツールも電源を落としてしまえばただの板っきれ。 普段からそれを肌身離さず持ち歩き、気ままに相手に連絡が付くのが当たり前になってしまっているが故に、こうした事態に陥った場合の心労は計り知れない。 私の心にはまた、不安のもやが掛かり始めた。


 ――そもそも、あの救急車が彼の為に呼ばれたものではなかったと判明はしているけれど、その事実が取りも直さず彼が無事に家に辿り着いているという絶対的な裏付けにはならない――そればかりか、彼は今もなお帰宅しておらず、この雨空の下を彷徨さまよい歩いている可能性だってある――そうした状況下で、私が最悪の事態として想定したあの行為(・・・・)を、彼が間違いなく遂行しないとも断言出来る筈もなく――


 ――時が経てば経つほどに、彼の安否に対する懸念が私の胸の中で際限なく膨張してゆく。 上着を羽織り、暖房を付け、電気ストーブも足元付近に置いて身体全体は温まっているはずなのに、ぞっと背中に悪寒が走る。 同じくして腕に鳥肌が立ったのを感じた。

 この悪寒は、雨に濡れた身体が今になって寒気を覚え始めたからではない。 これは彼の安否を気遣うが故の行き場のない不安と言い逃れの出来ない罪責感から来た悪寒だ。 私は肩をすぼめて両腕を身体に密着させ、止め処なく溢れ出てくる悪寒を耐え忍んだ。


 そうして、悪寒が落ち着いた頃、繋がらないと分かっていながらも、今一度彼の携帯電話に通話を試みた――けれど、聞こえてきたのはやはり例の音声アナウンスだった。 この時間帯に電源が入っていないのだから、これ以上時間が経とうとも、きっと今日中に彼の携帯電話に電源が入れられる事は無いだろう


  変わらず彼の事は心配だけれど、下手な取越し苦労で私の身まで壊してしまっては釈根しゃくこん灌枝かんしはなはだしい。 私の夕方に雨に打たれた事実もあるし、今日は早めの床に就いて少しでも身体と精神の安らぎを求めようと取り決めた私は、明日の朝早くにもう一度だけ彼に連絡しようとだけ心に決めた後、手早く寝支度を済ませ、普段より少々早い床に就いた。


 ――夕方寝ていた為か、目を瞑っていても睡魔というものをあまり感じない。 そして皮肉にもこういう時に限って思考は冴えているもので、私は床に就いてからも彼の安否を気遣う思考をぐるぐると頭の中に巡らせてしまっていた。 今日の睡眠に至るまでは長丁場になりそうだと、私は覚悟を決めた。


 それからも睡魔が私を襲う事も無く、あまりに寝付けなくてふとスマートフォンのディスプレイの電源を付けて時刻を確認すると、今は零時前。 私が床に就いてからもう一時間以上が経過していた。 まるで思考回路が暴走してしまったかのよう、私は彼に対する似たような安否の内容を繰り返し繰り返し頭の中で反復させている。 今日ほど、人間が思考を自由にオンオフ出来ない事を悔やむ日は無いだろう。


 そうして一時過ぎ。 それまで弱まっていた雨足がまた勢力を取り戻し始めたのを耳に認めた。 それから数分と経たない内に、雨粒が貫通してくるんじゃないかと心配してしまうほどに強い雨がやかましいくらいに屋根を打ち始めた。 けれど、今はこの喧騒が愛おしくさえ思った。 私の暴走した思考に向いている意識を、雨の方に向けてくれたからだ。


 寝付くなら今しかない。 この私が雨に感謝するなんて事は後にも先にもこれが最後だろう。 だから今日だけは、今この時だけは素直にこいねがおう。 私の寝付くまで、その雨の勢いを衰えてくれるなと。

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