第四十三話 崩壊の序曲 4
「確かに、サブのやった事は客観的には悪いように見えるかもしれん。 けどな、なんぼ言うても優紀と千佳ちゃんはまだ付き合うても無い、ただの友達関係やったんや。 それは優紀も千佳ちゃんも端から理解しとったはずや。 ちゃうか? 千佳ちゃん」
「……うん、神くんの言う通りだよ」
たったいま神くんが口頭で説明した事柄は、私がユキくんに告白したその時から理解していた事だから、私がそれを否定する訳にはいかない。 神くんは私の返答を聞いた後、表情を変える事も無く数度頷いた。 三郎太くんは真衣に応答したっきり沈黙を貫いている。 この場はひとまず神くんと私に任せるつもりだろう。 私が下手な事を言って真衣の感情を逆撫でしてしまったとしても、三郎太くんが庇ってくれる。 確証はないけれど、不思議とそういう気がした。
一方で真衣は苦虫を潰したかのような顔つきでテーブルを睨みつけている。 きっと自身の意見に否定的な姿勢を見せた神くんと、彼の言葉をすんなりと受け入れた私が許せなかったのだろう。 それから真衣は俯かせていた顔をゆっくりと元に戻し、今にも飛び掛からん様子で神くんのほうをきっと見据えた後、
「――っ、でもっ! 綾瀬くんと千佳の関係はどう見ても友達以上だったでしょ?! 最近良い雰囲気だったし、もしサブくんが千佳に告白してなかったら今年中に綾瀬くんが千佳に返事を返してたかもしれないのに」と感情を昂らせつつ口角泡を飛ばしている。 彼女はどうしても私と三郎太くんの恋仲を認めたくないようだ。 私の無二の親友に彼との仲をここまで否定されてしまうと、無性に悲しくなってくる。 今にも悲哀の波にのまれてしまいそうだ。
「平ちゃん、そこで差がついたんや」
しかし神くんは真衣の勢いを飲み込んだ上で至って冷静に返答した。
「……どういう事?」
真衣は眉間にしわを寄せながら先の返答の意味を問い質している。
「なんぼ優紀がその気になっとったとしても、相手にその気持ちを伝えられんかった時点でその気ぃは無かったも同然なんや。 優紀は半年以上も千佳ちゃんの想いに応えんで、サブは自身の想いを千佳ちゃんにぶつけた。 ――言うたか、言わんかったか。 たったそれだけの差ぁや。 でもその差ぁこそが、千佳ちゃんがあれだけ想いを寄せとった優紀を諦めてまでサブを選んだ決定打になったんちゃうか。 それにこの件は優紀とサブと千佳ちゃんの問題で、第三者が口出しするような事じゃあない。 やから俺らがサブとか千佳ちゃんを責めるんは筋違いやって言う事や」
「……神くんは、サブくんと千佳の仲をすんなり認めるって言うの?」
「サブと千佳ちゃんが決めた事なんやから俺が文句言うたってしゃあないやろ」
「その結果が綾瀬くんを傷つける事になったとしても?」
「それを受け入れる受け入れんは優紀次第や」
「……神くんって、結構冷たいんだね」と俯き気味にぽつりと呟いたあと、真衣は突然その場に立ち上がり、テーブルの上のパンを乱暴に手に取ったかと思うとそのまま無言でその場を去っていった。
真衣を追うべきか――いや、それを選択肢として出してしまった時点で私の行動は終わっていたも同然だ。 私が本当に真衣の事を心配していたのなら、有無を言わさず真衣の名を呼びながら立ち上がって彼女を引き留めるなり後を追うべきだったのだ。 だからもう、私には真衣は追えない。
それに、追っていたところで今の私の言葉はきっと真衣には届かなかっただろうから、少し冷たいかも知れないけれど、今は下手に真衣に近づかない方が良いかもしれない。 ほとぼりが冷めてから頃合いを見てもう一度真衣と向き合ってこの件について話し合おう。 たとえ、私の行動を罵られる結果となろうとも。
そうして、真衣の姿が食堂から完全に見えなくなってからまもなく「行ったらんでええんか、千佳ちゃん」と神くんが私に訊ねてくる。
「……うん、今追ったところで、私にはどうする事も出来ないだろうから」
「そうか」心なしか、神くんの声にいつもの張りが無いような気がした。
「悪ぃなリュウ。 俺の味方したばっかりに真衣ちゃん怒らせる羽目になっちまって」
今まで沈黙を貫いていた三郎太くんがばつの悪そうにそう言った。
「気にすんなや、お前らしくもない。 確かに平ちゃんの言う事も分からんでもないし、もしお前が優紀を貶めたりして千佳ちゃんと付き合うつもりやったら俺はお前をぶん殴っとったけど、お前はちゃんと筋通しとったからな。 だから平ちゃんには悪いけど、俺はお前の肩を持ったんや」
「そっか。 でもお前に味方されるのなんて慣れてねーから妙に落ちつかねぇわ」
「アホ、そこは素直に受け入れとけや」
「……あぁ。 そうだよな。 ありがとな、リュウ」
「おう」
あれだけ神くんから『アホ』と言われるのを嫌っていた三郎太くんが、その言葉について反論すら見せる事も無くすんなり彼の厚意を受け入れたところを見ると、あまり表面上には出そうとしていないだけで、私が思っている以上に三郎太くん自身も心が弱っているのだろう。




