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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十二話 ひとひらの花びら 8

 本当に自暴自棄だったのだろうか――それとも何か他の理由があったのだろうか――どうにも納得の行かなかった私は、それからも思考を巡らせ続けた。 そうして、とある憶測が頭をよぎった時、私ははっとさせられた。


 ユキくんは、その事実を私に告げる事によって、彼に対する私の想いの一切を断ち切ろうとしていたのではないだろうか。 彼を美化した、私にとってあまりにも都合の良い解釈だ。 しかし、第一に思い浮かんだ自暴自棄よりは遥かに納得がいく理由だ。 そして彼がその事実を私に告げたという事は、私への信頼の証とも言える。


 覚えている限り、LGBTと呼ばれている人々が第三者に自身の性質を告げる事を『カミングアウト』と言うのだったと記憶している。 しかし、むやみやたらにカミングアウトをする人など、どこにも居やしないだろう。


 私が子供の時よりは、LGBTだとか、そうした新たな性の在り方に対する意識は高まってきていると思う。 現にLGBTに対し何の知識も無かった私が数年前のLGBTに関する授業の内容をおぼろげながら今でも覚えているくらいなのだから。


 しかい、いつの時代にも、何に対しても、否定派というものは少なからず存在するもので、自身の築き上げてきた既成観念のの中で生活する人々にとって、新たな観念という異物(・・)排斥はいせきの対象にしかならない。 何故ならば、これまで自身が信じてきた観念を絶対的に信仰しているからだ。


 そんな人たちに『僕の性別は男ですけど、こころの性別は女なんです』などと言ってみろ。 どれほど否定的でどれほど攻撃的な態度を取られるか分かったものじゃない。 ユキくんの中学時代が良い例だろう。


 彼がトランスジェンダーである事を明かさない内はそれまでごく普通の対応をしていたのに、彼がその事実を明かした(実際には明かされてしまったのだろうけれど)途端、ころっと手のひらを返してこれまでとは真逆の態度で彼を差別する――だからこそ、LGBTの人たちにとってのカミングアウトというのは、たとえ親しい間柄だといえども、そう軽々と口走れるようなものではないに違いない。


 でもユキくんは、中学時代にそうした辛い経験をこうむっていながらも、私の彼に対する想いに踏ん切りをつけさせる為、私にカミングアウトしてくれた。 私にならその事実を伝えても決して口外はしないだろうと信じてくれたのだろう。 これを彼からの信頼ととらえないで、何と捉えようか。


 ――今改めて考えてみても本当に私にとって都合の良い解釈だ。 これでユキくんの性質を明かした真の理由がただの自暴自棄だったと言うのなら勘違いもはなはだしい、私はとんだ自惚うぬぼれ女だ。 それでも私は私の提示した都合の良い解釈を信じる。 私は、ユキくんを信じているから。 私が半年以上ずっと恋焦がれてきたユキくんの事を、信じているから。


 今年中は無理かもしれないけれど、冬期休暇の後ならば互いに気持ちも落ち着いているだろうし、機会を見て少しずつでもユキくんと会話してみようと思う。 彼は私の、初めての大事な友達なのだから。 彼が男だとか女だとかなんて関係ない。 彼は私を救ってくれた、私を変えてくれた、大事な大事な友達なのだ。


 先程の三郎太くんとの通話では、ユキくんとの友達関係までもがここで終わろうとも仕方がないなんてすっかり諦めた事を言ってしまったけれど、やっぱり私はこれからも、彼と友達でいたい。 こんなのはわがままが過ぎると自分でも思う。 先程から私にとって都合の良い事ばかり考えて甘すぎると反省もしている。 でも、やっぱり、彼との関係がこれっきりで終わってしまうのは、嫌だ。


 わがままでもいい。 自分勝手でもいい。 そんなのはおかしいとなじってくれてもいい。 そこにもう恋慕の情は無いけれど、私は友達として、綾瀬優紀という一人の人間の事が好きなのだ!


 ――何だか胸のつっかえが取れたような気がする。 心が少し、軽くなった。

 よし。 と気合を入れ直した私は、普段より少し早かったけれど就寝の準備に取り掛かった。 そうして暗がりの布団の中でしばらくの間、これまでのユキくんとのSNSのやり取りを漠然と見直していて、よくも飽きもせずに毎日毎日これだけの会話をしていたものだなと自身の行動を呆れつつ、会話の一つ一つにユキくんとの繋がりを感じていて、自身の馬鹿げた会話を見ては失笑し、所々にユキくんの優しさを発見し、そうして時間も忘れて過去の会話を見返している内に私は今更納得した。


 ああ、私は本当に、これほどまでにユキくんの事が好きだったのだなと。

 そして、その想いはもう二度と私の心の底から浮かび上がってくる事は無いと。

 そう思った途端、私の目から涙がこぼれ、顔を伝って枕に落ちた。 そうして枕ににじんだ涙が、まもなく私の頬を鈍く濡らした。 彼への未練は実習棟のあの場所で涙と共に洗い流したはずだったのに、まだ心の奥底に幾分かの未練が残ってしまっていたらしい。


「……ほんと、最低だよ、私」


 私はスマートフォンのディスプレイの電源を落とした後、突っ伏して枕に顔をうずめた。 枕と顔が濡れてしまう事すら構わずに。

 枕カバーの汚れは明日の朝、洗濯機で洗い流してもらおう。 わずかに残っていた彼への未練もろともに。

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