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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十一話 献身の代償 13

「あんな意味深な言葉を言い残しておいてそれは無いですよ。 卑怯ですよ。 そんな簡単に忘れられる訳ないじゃないですか……。 放って置ける訳ないじゃないですかっ! 僕なんかが玲さんの力になれるかどうかなんて分かりませんけど、それでも話を聞くくらいなら出来ます。 ほんの些細な事でもいいですよ。 一人で抱え込まないでください」


 ちょっと興奮気味ともあって語勢が強くなってしまったけれど、今の玲さんにはこれくらいの態度でないと心に届かないだろう。


「……お節介だよ」

 変わって玲さんの方は消沈の色を取り払う事も無く、ぽつりとつぶやいた。


「お節介で結構です。 僕がこれまで玲さんのお節介をどれだけ受けてきたと思ってるんですか。 こういう時の僕のしつこさは玲さんもよく知ってるでしょ」


 玲さんはまた黙りこくっているけれど、ここはもう下手したてに出るのは逆効果だ。 多少強引にでも玲さんを揺り動かさなければ、光すら届かない深淵の水底に沈み込んだ彼女の冷え切った心を引き上げる事など到底不可能だろう。

 ――止まるな、玲さんの心を揺さ振り続けろ。


「僕が男としてここまでられたのも、すべては玲さんのおかげなんです。 僕は玲さんに心から感謝しているんです」


「……」


「玲さんが居なかった僕は多分一生、男と女の境界を彷徨さまよい続けたままだったと思います。 だから、僕が正常な道を歩めるよう玲さんが矯正きょうせいしてくれたように、僕もほんの少しでも玲さんの力になりたいんです」


「……」


「それに、目の前でこれほど弱り切っている人を見捨てるなんて事、僕には出来ませんよ。 別に今すぐじゃなくてもいいです。 落ち着いてからメッセの方なり電話なりでもいいですから、少しずつでも――」


「――もうやめてっ!!」


 僕の言葉の途中に割って入ったのは、玲さんの悲痛な叫びだった。 彼女からの出し抜けな大声は僕の鼓膜を貫き、僕の口を一文字に縫わせた。 それからしん、と静寂せいじゃくが訪れて間もなく、玲さんはうつむかせていた顔をおもむろに上げ、僕の顔をじっと見つめてきた。 その顔にはどの感情の色も乗っておらず、ただただ何もかもを諦めてしまった、血の通っていない、温度の一つも感じられない人形のような、そうしたまったくの無の表情を僕にていしていた。


「……君はもう、自分でも認められるほどの男のかたちを手に入れたんでしょ? だったら、私が君にしてあげられる事はもう何もないし、君がこれ以上私に固執する必要もない。 君は私なんかより、古谷さんを気に掛けてあげなくちゃ駄目なはずだよ。 ――だからもう、今日限りで私の家には君をれないし、連絡もしない」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! それはあまりにもいきなり過ぎじゃないですか?!」


 僕は焦った。 いくら僕が男のかたちを完成させたとはいえ、その中身はまだまだ未成熟。 だからこれからも定期的に玲さんの助言を得ようという甘い考えを胸中にしたためていただけに、先の玲さんの僕に対する突き放しとも言える絶交まがいの宣言はとてもじゃないけれど、たちまちはいそうですかと受け入れられるものではなかった。


「ううん、これでも遅かったくらいだよ。 いつまでもこんな関係が続くだなんて、君も思ってはいなかったでしょ? 本当は打ち上げの時に君と話した時点で言うつもりだったから、遅かれ早かれこうなるべきだったんだよ」


「……じゃあ何で、打ち上げの時には言わなかったんですか」

「……」

「だんまりですか。 自分にとって都合の悪い事は言いたくないって事ですか」

「何とでも言いなよ。 何にせよ私はもう、君の力にはなれないから」

「そうですか」

「……もう、帰って」

「……わかりました」


 僕はその場に立ち上がって鞄を手にげ、引き戸を開けて退室した。 そうして、引き戸を締め切る前に僕は玲さんの方を見据えて、


「玲さん、今まで僕の為に力になってくれて、ありがとうございました」と言い切った後、うやうやし過ぎるほどの深いお辞儀を十数秒間、玲さんに向けて放った。 僕は姿勢を戻したあと、玲さんの方を見た。 玲さんは何を言うでもなくテーブルを見つめたまま、僕と目を合わせようとしない。 僕は引き戸を締め始めた。 締め切るまで、その横顔を名残なごり惜しげに眺め続けた。 玲さんはテーブルを見つめたまま、最後まで僕と目を合わせようともしなかった。

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