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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第四部 月は太陽を蝕んで
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第四十一話 献身の代償 8

「そうだったんですね。 でも、どうして中学校から高校への異動はそんなに倍率が高いんですか」


 この質問は玲さんの過去に繋がるような内容で無い事は承知していたけれど、数百人のうち数名しか採用されないという超高倍率の理由がどうしても知りたくなってしまい、その話を聞いた直後からもたげ続ける好奇心をどうしても抑えきれなかったが故についたずねてしまった。 そうして僕がその事柄について訊ねると、荒井先生はちょっと目線を反らしつつ顎に手を添えながら思考している素振りを見せた後、


「こうだから、って一概に決めつける事は出来ないけど、私個人の見解としてはやっぱり、中学校の先生の多忙さに参っちゃう人がそれだけ多いって事なんじゃないかな」と答えた。


「中学校の先生って、そんなに忙しいんですか」


「忙しいよー。 普段の授業進行はもちろんだけど、そこに担任、部活動兼務、さらに三年生の担任になると進路指導も加わってくるから、そうした役割に回されると規定の服務時間だけじゃとてもじゃないけど時間が足りないから残業になっちゃうんだよね」


 僕が中学の頃、夕食を家族と共に外食で済ませた後、十九時だか二十時だかのすっかり夜のとばりが下ろされた折に、僕の通っていた中学校のそばを車で通りかかった事が何度かあるけれど、そうした時間帯にもかかわらず毎度職員室辺りの明かりがともっていた事にかんがみるに、なるほど先に荒井先生の言った通り僕の想像以上に先生という職種は忙しいように思われる。


「それで、そういう業務上の忙しさもあるけど、それ以上に悩みの種になるのが生徒たちへの対応の仕方かなぁ」


「生徒への対応、というと?」


「中学生って言ったら世間的には小学生よりは大人びてる印象があると思うんだけど、実際はまだまだ垢抜け切らない子が多くてね、それに加えてその年ごろの年代はちょうど思春期の真っ盛りで、同時に強い自我も確立してくるから変な全能感が芽生えちゃって親や先生に盾突く生徒も少なからずいるし、扱いに困る事が多いんだ」


 先の荒井先生の言葉は僕にも刺さった。 僕自身も中学生になり始めの頃は妙な全能感に支配されて自身を大きく見せようと、何でもない会話の中で自分は凄いのだといううそぶきを働いて他人を困惑させてしまったり、何かと大人に反抗したくなってしまう、いわゆる反抗期というものも例に漏れず体験していたからだ。


「たしかに、あの頃の年代は理由も無いまま自分より立場の強い者に反抗したがる傾向がありますからね。 僕自身もそうだったので、先生の立場からするとそういう生徒はまさしく悩みの種だったんでしょうね」


「まぁ、そういう生意気なところも含めて愛嬌があるんだけどねぇ。 あとはやっぱり男子より女子の方が精神的には大人で――」と、しばらく中学ごろの子供の性質の話を交えた後、荒井先生はふと思い出したかのよう「――ところで、私が中学の先生をしてた事と、綾瀬くんの聞きたかった事とは何か関連してたの?」と、話頭を当初の目的に戻してきた。 まだ少し準備不足感はあるけれど、これ以上長々と話し込む訳にも行かないから、僕はいよいよ玲さんの過去についての話を切り出す事を決意した。


「その話なんですけど、荒井先生は、ここの高校の三年生の坂井玲っていう女子生徒を知っていますか」


 僕が玲さんの名を発した途端、荒井先生の表情に強張こわばりの色がにじんだのを僕は見逃さなかった。


「知ってるけど、あの子がどうかしたの?」しかし先生はあくまで平静を崩さず、僕に対応してきた。


「先生は、中学校の先生をしていた時に坂井さんの担任をしていた事があるんですか」

「……確かに、私は中学校に居た頃にあの子の担任を受け持ってた事はあるけど」


 先生はちょっと間を置いたあと、双葉さんの話通り中学時代の玲さんの担任をしていたという事を明かした。 それから先生は真顔で僕の顔をじっと見つめつつ「綾瀬くんはあの子とどういう関わりがあるの?」と、先生が抱いて当たり前の疑問を僕に投げ掛けてきた。


 僕と玲さんは学年も違っていれば、性別も違う。 学年の違う生徒と最も交流を持てるであろう部活動にすら僕たちは所属しておらず、そうした観点から一見接点がまるで無いと判断されても致し方は無いし、むしろその疑問は抱かれて当然だ。


 かと言って「僕の友達の姉の友達です」などという伝言ゲーム見たような調子で関係性を表したとしても「君の友達の姉の友達とどういった経緯で知り合ったのか」などといぶかしまれてしまったら最後、今以上に先生に警戒され、僕の聞きたい事は何一つ聞けずじまいに終わってしまう事だろう。 そのリスクをかえりみれば下手に曖昧なうそぶきで場を濁すよりは、ある程度素直に玲さんとの関係性を明かしてしまった方が先生からの信頼も得られるだろう。


 この高校で僕がトランスジェンダーだという事を唯一明かした人物だとはさすがに言えないけれど――古谷さんに告白された際たまたまその近辺に居た(という事にしておこう)玲さんに告白の下りを聞かれてしまい、その時に僕の名前を出していた事から興味本位で双葉さんと三郎太伝いで僕を呼び出し、何故古谷さんからの告白の返事をその場で受け取らなかったのかなど、玲さんから様々な質問責めを受けているうちにいつの間にか恋愛相談みたような話になって、気が付けば玲さんはすっかり僕の恋愛相談役として僕のサポートを続けてくれていた――僕の性質の隠蔽いんぺいを除けばこれらの事柄はほぼ事実であるから、先生も変にうたぐりはしないはずだ。


 そうして僕と玲さんとの関係の明示についての心づもりを済ませた僕は「実は五月ごろに――」と先の内容を荒井先生に話した。

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