第四十一話 献身の代償 6
双葉さんとのやり取りから二日目の朝のホームルームの際、席替えが行われた。 僕は窓際の列の最後尾になった。 その席は教室全体を隈なく見渡せる席として生徒に人気のある座席だけれど、僕はこの座席になる事によって唯一席の近かった平塚さんとも離れてしまい、ついに僕の席の周辺に知り合いが居なくなってしまった。 他のみんなは廊下側の席だったり前列にいたりで、休み時間以外はますますみんなとの距離が離れてしまう結果となり、僕は少なからずの寂寞を覚えた。
そして席替えの翌日、僕の望んでいた機会は唐突に訪れた。
僕の通う高校には、生徒会が発行を担当する生徒会新聞というものがある。 それは毎月第三週ごろに発行され、その内容はと言えば、近々行われる行事の予定及びその行事に関する詳細や、成果を上げた部活動の紹介の他、学校内で起こった些細な出来事などを綴ったコラムなどもあり、実際読んでみるとこれがまた面白く、この新聞が発行されたその日の帰りの電車内は必ずこの新聞を隅から隅まで見てしまうほど、僕はこの新聞を愛読していた。 そして今日の放課後――
「――では、綾瀬くんが執事役を担当する事になったきっかけというのは?」
僕は生徒会室で生徒会の人たち数名から質問形式で、以前の文化祭についての取材を受けていた。 簡単な経緯を話すと、発行を来週に控えた生徒会新聞のトピックとして先月行われた文化祭特集を組むとの事で、文化祭が終わった翌週辺りから出し物部門で受賞した人たちに取材を進めていたらしく、そして今日、同じく受賞を果たしていた僕にその取材の依頼が回ってきたのだ。
本来は文化祭実行委員である山野くんも同席する予定だったのだけれど、どうしても外せない用事があったらしく敢え無く欠席を余儀なくされてしまって僕一人だけが取材に応じる形となり、生徒会の上級生たちに囲まれながら取材を受けているという次第だったのだ。
「あ、えっと、その、借りる予定の執事服の一着のサイズが極端に大きくて、それで、それを女子が着こなすのは難しいと判断した実行委員の山野くんが僕に執事役を依頼してきて、えと、まぁ、そんな感じです」
「なるほどー、自分から志願した訳では無かった、という事ですね!」と生徒会の一人である女生徒がうんうんと首肯したあと、手元に用意していたノート用紙へ先程僕の発言した内容であろう事柄を書き記している。 立場で言えば同じ生徒同士だとは言え、周りは全員まともに口も利いた事の無い生徒会の上級生。 ことに取材なんて仰々しいものは生まれてこのかた受けた事は無かったから、いやに緊張してしまう。 思ったように言葉が出てこない。
「綾瀬くん、そんなに緊張しなくてもいいからね。 もっとリラックスして話してくれた方がみんなも質問しやすいと思うから」と僕の名前を呼んで力を抜けと促してきたのは――あれから僕がずっと接触を図ろうとしていた荒井先生だった。 先生は生徒指導だけでなく、生徒会の顧問でもあったのだ。
この取材中に荒井先生と二人きりで対話するタイミングは無いだろうけれど、取材が終了した直後にコンタクトを取れば少なからずの対話の時間は生まれる筈だ。 その時間が十数分になるか数分になるかは定かじゃあないけれど、たとえ尠少の一つまみであったとしても今の僕にとっては大匙に違いない。 とにもかくにも、ひとまず取材を終わらせなければ事は進まないから、僕は逸る気持ちと緊張を抑えつつ、次々に放たれる質問に答え続けた――
「――よし、こんなものかな? 私たちからの質問は以上で終わりなので、綾瀬くんの方で特に言いたい事が無ければ取材を終わりにしたいと思いますけど、何か言い足りない事とかあれば遠慮なくどうぞ」
僕への質問に対する僕の応答を書き記していた書記役の女生徒が自身の書いていたノート用紙を何度か見直した後、僕の発言不足さえなければ取材を終了すると言っている。
「いえ、僕もさっきの質問のうちに言いたい事は言ったつもりなので大丈夫です」
取材を蔑ろにしていた訳ではないけれども、出来る事なら荒井先生にある程度の時間の融通が利くうちに先生と接触を図りたかった事もあり、そもそも先の質問で嫌というほど僕の文化祭においての立ち位置を根掘り葉掘り訊ね尽くされていた事も助けて、僕にはもう喋る事は無いという旨を伝えた。
「分かりました。 ではこれをもって取材の方を終わりたいと思います。 今日の取材の件は来週発行予定の生徒会新聞に特集で載せる予定なのでお楽しみに! それでは綾瀬くん、放課後の貴重なお時間を割いて取材に協力していただきありがとうございました!」
そうして取材は終了した。 だいたい三十分程度の時間だった。 僕は座席から立ち上がって鞄を持った。 生徒会の人たちはそのまま生徒会室に滞在している。 同じくして荒井先生も居残っている。 おおかた来週に発行を控えた生徒会新聞の記事でも練るつもりなのだろう。 しかし、荒井先生がここから動かないとなると少々厄介だ。
顧問だとはいえ、ずっとここに居残り続ける訳ではないだろうけれど、それでも生徒会の人たちとああだこうだと言いながら新聞についての論判を繰り広げている先生の立ち振る舞いを見るに、たちまちこの場を去るような気色は一切見受けられない。 以上の観点から、ある一定の時間経過による荒井先生の生徒会室からの退室は望めそうにない。
かたや僕の方はと言えば取材を終えてすっかり生徒会室に用事が無くなってしまったところで、その僕がこの場所に居残り続けるのは訝しさ極まりない。 かと言ってこのまま退室してしまえば、僕は荒井先生と自然な形で二人きりで対話出来る稀有な機会を棒に振ってしまう事になる。 二学期の終業式まではもう二週間も無い。 となれば、多少無理を通してでも僕はこの機会を活かさなければ――いや、生かさなければならない。




