第四十一話 献身の代償 4
『――でもさ、ここだけの話、玲って優紀くんと知り合ってから結構変わった気がするんだよね』
しばし昼食時の話題を嬉々として語っていた双葉さんだったけれど、ほどほどにその話題を切り上げたかと思うと急に声調を落ち着かせてそうした事を僕に伝えてきた。
「玲さんが、変わった?」
僕の中での玲さんという人物は僕が初めて彼女と知り合った時から何ら変わっておらず、ゆえに双葉さんの言葉には賛同しかねた。 けれども、僕とは比べものにならないほどの月日を玲さんと共に過ごしてきた双葉さんがそう言うのだから、きっとそうなのだろう。
『うん。 優紀くんと知り合ってから妙にテンションが高いっていうか、表情が豊かになったっていうか、ぶっちゃけ可愛くなった? ほら、よく言うじゃん。 女の子は誰かに恋したら可愛くなるってあれ。 もしかしたらあの子、優紀くんの事好きだったりしてね』
「え、いやいやっ、それはないでしょさすがに。 僕なんかを好きになる理由も無いですし、そもそも年下には興味ないって言い切ってましたし、玲さんにはもっと相応しい人がいますよ」
玲さんが僕に好意を抱いているやもしれないなどと双葉さんが突拍子もなく言ったものだから、僕は狼狽えつつ彼女の推測を真っ向から否定した。
『あははっ、そこまで否定しなくてもいいじゃん! あたしの中では玲に負けず劣らず優紀くんも結構イイ線行ってると思うよ? ちょーっと男っぽさが足りないのがもったいないけど、顔はきれいだし、背も高いし』
さすがに裏表の無さそうな双葉さんにここまで褒めちぎられると電話越しでも照れざるを得なかった。 男っぽさが足りないという言及も真摯に受け止めた。
『まぁ玲の好意のくだりは冗談だけど、優紀くんと出会ってから玲が変わったっていうのはほんとだよ』
双葉さんは例によって声に抑揚を付けながら話を続けている。 明るい話題を話している時は聞いているこちらにも嬉々が伝わり、真面目に話すべき話題は相手に話を集中させる為にトーンを抑える――これほど声に性質が乗る人もそうそういないだろう。
しかし、一体僕に何の作用があって玲さんが変わったというのだろう。 僕という人間が玲さんによって変化を来したのは紛れも無い事実であるけれども、双葉さんがこれほど念を押して玲さんの変化を認めている今もなお僕は、玲さんが僕によって変化を来したという事実が俄かに信じられなかった。 だから、
「そう、なんですか。 でも仮にそうだったとしても、玲さんは一体僕に何を感じて変わったんでしょうか。 正直僕は玲さんを変えるような大それた事をした覚えは無いんですけど」と、もっともな疑問を双葉さんに問い掛けてしまうのも最早自明の理だった。
『んー、実はあたしもその辺はよく分かってないんだよね。 でも、事あるごとに優紀くんの話をあたしにしてくるし、優紀くんがあの子に影響を与えたってのは間違いないと思うんだ』
「玲さんって、僕の話とかするんですか」
『うん、っていうかちょっと前までしょっちゅうしてたよ。 文化祭の準備期間辺りからあんまり聞かなくなったけどね』
てっきり玲さんは僕をサポートする時以外は僕の事になんて興味の一つも抱いていないだろうと勝手に思い込んでいたけれど、双葉さんに度々僕の事を話していたなどとは露知らず、昂揚だか戸惑いだかすらも定かではない曖昧な感情が僕の中をあちらこちら駆けまわり始めた。
「ちなみにその話って、僕のどんな事を話してたのか覚えてますか」
僕は恐る恐る双葉さんに訊ねた。
『いやー、実はそれほど良い事は話してなかったからちょっと言いづらいなぁ』
「やっぱりそうですよね」
『あ、別に優紀くんを馬鹿にしたりするような事は言ってないからそこは勘違いしないであげてね』
「大丈夫です。 玲さんは影でそういう事を言う人じゃないって知ってますから」
そうは言ったものの、ある程度の予測はしていたけれど玲さんと対話する度に何かしらのお小言を頂戴している情けない僕の話など、貶めや蔑みのそれでは無いにせよ、そうした部類の話題に決まっている。 少しでも良い話題を話してくれているものかと期待していた浅ましい自分が恥ずかしい。
『でもね、優紀くんの話題が終わった後には不思議といい顔してるんだよあの子。 何て言うか普段あたしとか同級生には向けないような優しい顔っていうか、まるで子供の成長を間近で見届けてる母親みたいな?』
「それってただ単に僕を子供扱いしてるだけなんじゃないですか」
『んー、どうだろ。 あたしにはもっと違うもののように見えてたけどなぁ。 よくわかんないけど、何か玲には優紀くんに妙な思い入れがあるっぽいんだよね。 もしかして優紀くんが昔の恋人に似てて、その人と優紀くんを重ねてたりして』
「まさか」『だよねー』などという取り留めのないやり取りとりをしつつ、玲さんに対する考察のような話題は続き――気が付けば時刻は二十二時を回ってしまっていた。




