第四十一話 献身の代償 3
[おまたせー。今からなら一時間くらい話せるけどそっちの時間はだいじょうぶ?]
[はい、無理言ってすみません。じゃあ通話の方掛けますね]
[はーい]
その日の夜。 午後は二十一時過ぎ。 僕は自室でとある人とSNSで連絡を取り合った後、その人に電話を掛けようとしていた。 要件は言うまでもなく、僕が知っている中で玲さんの過去を一番知り得ているであろう人物から玲さんの過去を教えてもらう為。 その相手と言うのは――
「もしもし、どうも。 わざわざ僕の為に時間を取ってくれてありがとうございます双葉さん」
『そんなかしこまる事無いって優紀くん、あたしと優紀くんの仲でしょー?』
玲さんの友人、双葉さんだった。 以前の玲さんからの話で双葉さんとは高校入学以来の親友だと聞いていたから、玲さんの過去を探るならばこの人から話を聞くしかないという結論に至った訳だった。
『それで今日はまた何の用? まさかサブローが懲りずにAV勧めてるとか?』
「いやいや違いますよ。 ――玲さんの事で、ちょっとお伺いしたい事があって」
『えっ、玲の事? まさか優紀くん、玲の事好きになっちゃったとか? まぁあの子美人だし惚れちゃう気持ちも分かるけど年上は結構苦労すると思うよー?』
「いやいやいやっ、それも違いますからっ!」
相も変わらず双葉さんの早とちり具合は健在のようだ。 僕は彼女の話頭が広がらない内に食い気味に否定した。
『なーんだびっくりしちゃったよ。 それで、玲のなにが聞きたいの?』
「単刀直入に言うと、玲さんの昔の話なんですけど」
『昔の話?』
「はい、双葉さんが玲さんと知り合った頃の玲さんって、どんな人でした?」
僕がそう訊ねると、双葉さんは電話越しに『ん~昔の玲昔の玲……』と呟き始めた。 僕は双葉さんの応答があるまで黙していた。
『うーん、そうだなぁ。 覚えてる限りでも今とそんなに変わんない気もするけど、しいて言うなら今よりはツンツンしてたかなーってくらいじゃないかな?』
ようやく双葉さんからの応答が来たけれど、どうやら双葉さんが初めて玲さんと出会った頃には、玲さんの今の人となりは既に形成されていたらしい。 となると、双葉さんから高校以前の玲さんの人となりを聞き出すのは難しそうだ。
「そうですか、ちなみにそのツンツンしてたって、具体的にはどういう態度だったんですか?」
しかし折角双葉さんが僕の為に時間を作ってくれたのだから、話し始めて間もなく「双葉さんからは僕の知りたい事が知れそうにないのでもう結構です」などと口が裂けても言える筈も無く、ならばせめて双葉さんの知る玲さんの人となりを少しでも聞き出そうと思い立った僕は、雲を掴むような思いで双葉さんに問い掛けた。
『具体的っていうほどたいそうなもんじゃないけど、まぁ、あたしが話しかけても素っ気ないとか、あたしが何かの話題ふってもぜんぜん興味持ってくれないとか、あと、何かと一人で居たがるところがあるけど――これは今もあんまり変わんないか。 優紀くんも知ってると思うけどあの子昼ごはん食べる時、真夏と真冬と雨の日以外はいっつも一人で実習棟の非常階段のとこで食べてるからね。 それが高校入学して一週間くらい経ったある日から最近までずーっとだよ?』
それは僕も良く知っていた。 けれどあの行為が玲さんの高校入学以来からずっと継続されていたとは思ってもいなかったからちょっと驚いた。 何かしらの理由で一人になりたい、または必要以上に人と接したく無いという思いでもあったのだろうか。
「そんなに長く続けていたんですね、あれ。 双葉さんはその場所で玲さんと一緒に昼食を食べようとは思わなかったんですか?」
『そりゃ思ったよ! でも私もそこで玲と一緒に食べるって言ったら何て言ったと思う? 「じゃあ、あの場所で食べるのやめる」なんて言うんだよあの子。 なーんか変なところで頑固なんだよね玲って」
「なるほど、でもそれなら双葉さんが玲さんに付いていくって毎回言ってたら、教室かどこかで一緒に食べられたんじゃないですか?」
『んーん、それはしたくなかったんだよね』と、些か声調を弱めつつ双葉さんが答えた。
「どうしてですか」僕は間もなく彼女に訊ねた。
『最初の頃はそのやり方もアリかなーって思ってて、実際何度かその手使って玲を教室に留まらせた事はあるんだけど、逆にあたしがあの子を縛っちゃってる気がしてね、それは友達として何か違うなーって思って、それからは玲を引き留める事は止めたんだ。 まぁ雨の日とか今の季節だったら普通に教室で食べてるし、無理に引き留めなくても割と一緒に食べれるからね。 そういう時は玲が弁当食べれなくなるくらいしゃべり続けてやるんだけど、その時の玲の顔ったらね!――』
玲さんの一人弁当を無理に引き留めない双葉さんの思いを聞いて、僕は彼女たちの友情の一片を覗いたような心持を得た。 友人関係であれど、四六時中行動を共にしているからと言って良い関係を築けるとは限らない。 人は誰しも少なからず一人になりたい時間があるものだ。 その時間を過干渉によって摘まれてしまってはいくら友人といえどもその行為を看過出来るものではない。 双葉さんはそうした人間の心理を良く心得ていたようだ。




