第四十話 努力の果てに 5
「――で、そのあと来たあの女性のお客さんの男装めっちゃ似合ってたよな」
「ねー、どっかの劇団に居そうな感じだったし」
「うんうん、うちの出し物の宣伝としては最高の人材だったね」
打ち上げ開始から三十分後、僕たちのテーブルは絶えず何かしらの話題で盛り上がっていて、実に穏やかな空気に包まれていた。 その場に居るだけで体の底から活力が漲ってくるような、そうした和気靄然とした雰囲気だ。
「そういえばさっきから気になってたんだけど、綾瀬くんってコップとか持つ時に指先延ばして持つよね」と、僕の右隣に座っていた平塚さんがフライドポテトをつまみながら僕に訊ねてくる。
「そうだね、こうやって持つ方が指先が綺麗に見えるんだ。 逆にこうしてコップを握り込んじゃうと、どうしても荒々しい見た目になって男っぽくなっちゃうんだよ。 でも、あんまり指を伸ばし過ぎるとかえって不自然になっちゃうから、あくまで自然な感じで持つと綺麗に見えるよ」
僕は口頭で説明しながら、指の第二関節辺りでコップを支え持っている形と、しっかりと第一関節でコップを握り締めている形を平塚さんに実演して見せた。 すると彼女は自分の使用していたコップで僕と同じ握り方を真似し始めた。
「――あ、ほんとだー。 指先延ばしてる方が何か柔らかい感じがして女性っぽいね」
「ちょっとしたコップの持ち方一つで女性っぽくなったり男っぽくなったりするから面白いでしょ」
「うんうん。 私これまでコップとか完全に握り込んじゃってたから、今日からちょっと気を付けて持つようにしよっと」
「ねぇねぇ二人で何の話してるの?」と、正面に居た坂本さんが僕らの会話に割って入ってきた。 続けて土井さんもこちらに意識を向けてくる。
「綾瀬くんがね、女性っぽいコップの持ち方を教えてくれたんだ。 これを、こうするとね――」平塚さんは早速覚えたての知識を二人に披露している。
「……おー、確かにそれっぽいかも」
「へぇー、こんな簡単な事で女性っぽさが出るとか面白いよね」
坂本さんと土井さんは自分のコップで先の平塚さんに倣って例の持ち方をしている。 それにしても、やはり僕より女性がこの持ち方をした方がずっと女性らしく目に映る。 指先美人とはまさにこの事だろう。
「それにしても綾瀬くんもよくこんな事知ってたね。 女の私たちですらぜんぜん知らなかったのに」と、土井さんが感心しながらそう言った。
「え、それは、その、今回の執事役をやるにあたってネットで色々女性らしい仕草とかを調べてたんだ。 その中でも男の僕が一番女性らしいって思えたのが手の所作で、女の人って指が綺麗な人が多いし、やっぱり動作一つ取っても指先を伸ばしてる方が女性っぽく映るから、今回の役の為に女性らしく振舞えるように僕なりに取り入れてたんだ」
先の僕の言葉は半分本当で半分嘘だった。 確かに僕は今回の執事役の為にネットで女性らしい仕草などを調べていた。 調べてはいたけれど、ネットに記載されていた情報はどれもこれも私が既に知り得ていた観念で、実際のところ僕は私の知識のみで執事役をこなしていたのだ。 先のコップの持ち方も僕が小学生くらいの頃から行っていた持ち方で、今ではもはや癖とも言えるほどに、この持ち方は僕の中で当たり前になっている。
しかしその事実を彼女らに明かしてしまうと、どうして僕がネットで調べる前からそうした女性にすらあまり認知されていない女性に関する知識を知り得ていたのかと詰め寄られてしまう事は目に見えていたから、多少狼狽しつつも、この知識はネットで得たものだと嘯いたのだ。
「ふーん。 綾瀬くんって普段の性格的に結構物事にドライなイメージがあったけど、割と本格派なんだね。 そりゃあ個人的に特別賞も受賞する訳だ」
坂本さんは軽く腕を組みながらうんうんと首肯している。 どうやら彼女には僕の嘯きが発覚していないようだ。 僕は心の中でほっと一息付いた。
それから彼女ら三人と女性のしぐさについてしばらく話し込んでいると、入り口から最も遠い窓際の席から一人の女性がどこかへ向かって歩いていくのが見えた。 その女性は、かなり着崩してはいたけれど僕の通っている高校の制服を着ていて、改めて顔を確認するとその人は三郎太の姉の双葉さんだった。
そして僕が彼女を注視していた為か、双葉さんの方も僕の存在に気が付いたようで(双葉さんとはこれまでに学校内で何度も顔を合わせていてお互い面識があった)、僕を見つけるなり進路を変えて僕らのテーブルの方へ真っすぐ歩いてきた。




