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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十九話 変身 8

「ごめんごめん。 元々行くつもりだったんだけど、どうせなら当日まで黙ってて竜くんを驚かせてあげよっかなーって思ってね。 でも一人で行くのはちょっと心細かったから、それで竜くんのお母さんと一緒に来たんだ。 ねー、お母さんっ」


 やはり白井さんと竜之介の母との仲はすこぶるよろしいらしい。 白井さんは竜之介の母の腕に抱き着きながらにこやかにそう言った。


「そうやで竜之介。 せっかく美咲ちゃんが来てくれた言うのにそんな言い方はないやろー」


「ほんま勘弁してくれや、心臓止まるとこやったわ。 それに学校の方はどないしたんや美咲。 今日別に休みとかちゃうやろ」


「竜くんのメイド姿、生で見たかったからサボっちゃった」

「アホ……。 まぁ来てもたからにはしゃあないし、しっかり楽しんで帰れよ」

「うんっ。 ――で、そこの人は同じクラスの人、だよね?」


 ほどほどに竜之介と会話を交わした後、白井さんがそう言って僕の方を見つめてくる。 彼女らに近づく前に遠目で見ていた時から感じていたけれど、こうして改めて対面してみると彼女の顔の整っている様がありありと見て取れる。 中学時代、竜之介以外の多数の男子も彼女との恋仲を狙っていたと言う話も納得出来る端麗たんれいさだ。


「おう、そうや。 さすがに俺よりは劣るけど、めちゃくちゃ美人やろ」

「いやこれは大したもんやわ。 アンタなんかと比べるのが失礼なくらいべっぴんさんやわぁ」


 今度は竜之介の母の方が僕の顔をまじまじと見つめてきた。


「俺と比べるのが失礼とかショックな事言わんといてくれやオカン。 んで、感動しとるとこ悪いけど、その子男やで。 というか俺の家に来た時にオカンも何回かうた事あるやろ。 優紀や、綾瀬優紀」


 竜之介が僕の正体を明かすと、竜之介の母は「えぇ~?!」と大げさなくらいのリアクションで驚いた。 母の方のリアクションで隠れてしまっていたけれど、白井さんの方も割と驚いた顔をしていた。


「あぁ~、あの子(・・・)な。 一回見た時からキレイな顔してるなぁって思とったけど、これはすごいわ。 お母さんの若い頃よりべっぴんさんやもん」


「いやほんと、男だって言われた今でも男の子には見えないよ。 うちの学校の男子に見せたら即飛びつくんじゃないかな」


 よもや竜之介の母と白井さんにまでぼくの姿を褒めちぎられるとは思ってもいなかったから、僕は若干うつむくと共に覚えず頬を熱くしてしまった。


 それから二人は竜之介に連れられて店内へと入っていった。 ひょっとすると、竜之介に白井さんという彼女がいる事実が三郎太に明かされてしまうかも知れないなと他人事ながら妙に心配している内にお客さんがやってきて、そうした思考すら消し飛んでしまうほどに僕はまた客引きの仕事に追われた。 そうしたせわしない中でも僕は、幼少時代に辿り着いた『女の子とは何であるか』という問いに対する答えの一つである『女の子とは、身形みなり仕草が可憐であること。』を心の片隅に置きながら、女性として立ち振る舞う事を忘れなかった。


 笑う時には軽く手で口元を隠し、何気ない仕草の際にも指先をピンと張り、しゃがむ時には両膝を揃えて股を開かない――よもや幼少期につちかった、女という性別に対する観念が十数年の時を経て役立つなどとは夢にも思わなかったけれども、今は素直にその事実を受け入れよう。 そしてきっと、僕がおおやけの場でぼくを披露するなんて事は後にも先にもこれっきりだろうから、出し惜しみは無しだ。 僕の持てるすべての女のかたちってぼくさらけ出し、あたかも僕が本当の女性であるかのよう振るまって、一人でも多くのお客様をあざむいてやろう。


 その後も再び客足のピークと対峙しながら時間も忘れて対応に追われつつ――気が付けば時刻は十一時五十分過ぎ。 模擬店の残り時間はあと十分も残っていなかった。 変身した人の衣装もすべて返却され、お菓子や飲み物のストックも先ほど退店したお客様を最後に切れ、さすがにこの短い時間では変身も無理だろうから、実質僕らの模擬店は終わりを迎えたようなものだった。 しかし、クラスのみんなは誰一人として持ち場を離れず、手を緩める者はいなかった。


 きっと今からお客様が来店しようとも、模擬店開始時の明るさでお客様を迎える事だろう。 だから僕も、もうお客様が来店しない事を分かっていながらも、終了時間までは自分に任された役割を果たす為、決して持ち場を離れなかった。


 ――そうして、僕たち一年一組の約一か月間の集大成『チェンジカフェ』は、時刻にして十二時ちょうど、予想以上の大盛況を以って幕を閉じた。


 教室内では出し物を無事やり切ったという歓喜の声が上がっている。 そうした中、僕は廊下で一人、自分の胸に手を当てていた。 ――僕の男のかたちは未だしっかり容を保っている。 『あの時』のようにたなどころひるがえす気色も無い。 僕はぼくに飲まれる事も無く、僕のまま執事役をやり切ったのだ。


 そう確信して間もなく、僕は何だかすべての力を使い果たしたような脱力感に襲われて、肩の力が抜けたと同時に大きなため息をついた。 本当に僕は僕のまま、この役をやり切ったのだろうかという疑問も勿論抱いた。 当然だ。 これまでに何度僕が女のかたちに振り回されてきた事か。


 ひょっとするとぎりぎりまでぬか喜びさせておいて、僕が気を抜いた瞬間に僕の心はまた女の容一色に染まるのではなかろうかとも危惧した。 でもやはり、そうした心の動きは一向に見受けられない。


 信じて、いいのだろうか。 僕はついに女の容のすべてを塗り潰し、男の容を完成させたのだと。 ――いいや、信じてやらないでどうする。 これはまぎれもなく、疑いようもなく、僕が『男』としておおせた功績だ。


 見たか、玲さん。 と今すぐ彼女の元に走って声を大にして僕の功績を伝えたくてたまらなかった――けれど、僕がここまで歩いてこられたのは、他の誰でもない玲さんのお陰だという事を忘れてはならない。 それを忘れ呆けて、これは僕一人の力で成し遂げた功績だとのたまえるほど、僕は図々しくも烏滸おこがましくも無い。 だから僕は、この功績を玲さんに捧げるつもりだ。 その上で、僕の男の容の完成を彼女に伝えようと思っている。


 あの日、玲さんと決別を果たしてから今日こんにちまで、僕は玲さんと一言も言葉を交わしていないし、顔すら合わせなかった。 もちろん、SNSの方にも連絡は一切無い。 それだけ玲さんは今回の件を重く受け止めていたのだろう。 玲さんが僕の事を許してくれるまでは、もう少し時間が掛かるかもしれないけれど、それでも僕は玲さんに許してもらった上で僕の男の容の完成を報告したい。


 何、それほど時間はようさないだろう。 何せあの気まぐれな玲さんの事だ、下手をしたら今日の夜辺りにでもひょっこりとSNSの方に顔を出すかも知れない。 だから、必要以上に悪い方向へ思考を向けるのは、もうよそう。

 僕は、玲さんの事を信じているから。

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