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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十九話 変身 6

「きゃー! 背ー高ーいっ! しかも美人ー!」

「すごーい! 執事の服とか生で初めて見たー!」

「パンフレットには執事役は女の子がやってるって載ってたけど、あなたも女性の方なんですよね?」


 初の来客から三十分ほど経過した頃、教室内――もとい店の中はまずまずの賑わいを見せていた。 そうして僕の方は変わらず店の前で客引きをおこなっていて、たった今訪れた二十代前半と思われる三人の若い女性たちの対応に追われていた。


「あ、いえ。 実は()だけ男なんですよ。 ちょっと成り行きで任されたというか、何というか」


 さすがに性別をうそぶくのはどうかと思い、僕は素直に自分が男である事を明かした途端、三人は揃って「えーっ?!」だとか「ほんとに?!」だとかの驚嘆の声を上げた。 すっかり僕の事を女性だと信じ切っていたらしい彼女たちの反応を目の当たりにして、ドッキリ企画が好きだという人の気持ちが少しだけ理解出来たような気がした。


「え、待って待って、ちょっと信じらんない。 ぜんぜん女に見えるんですけど」

「メイクしてるにしてもすごいよね。 声もあんまり違和感無いし」


「むしろこの完成度で男の子ってのがそそるんですけど。 ――あの! 写真撮影とか構わないんですよね?」


「はい、営利目的でなければ個人での撮影は自由です。 他のメイドや執事とのツーショットなども可能ですよ」


 僕がそう伝えると、写真撮影の可否をたずねてきた女性の一人が「じゃあ、私とツーショット撮ってもらってもいいですかっ!」と目を輝かせながら僕に依頼してきた。 僕は軽い笑みを浮かべつつ「もちろんです、お嬢様」と言いながら、いつぞやに玲さんに見せられたボウ・アンド・スクレープの動作をして見せた。 彼女の瞳はますます輝きを増したように思われた。


 それから写真撮影が終了し、女性三人組は店内へ入っていった。 僕の客引き効果なのかは分からないけれど、こうして僕たちの出し物に興味を持ってくれた上で入店してくれるのは純粋に嬉しい。 一年一組の出し物の準備やら何やらと一か月近く頑張ってきた一人として、これほど冥利みょうりに尽きる瞬間は無いだろう。


 そうして人知れず喜びの味を噛み締めていると、一番最初に来客した親子が店の前に戻ってきた。 母親の方は変わらずそのままの姿だったけれど、男の子の方は店内でおめかし(・・・・)をした後で、軽く化粧をしていたりスカートを穿いていたりと、すっかり可愛らしい『女の子』に変身していた。


「あ、お姉ちゃん(・・・・・)! ただいまっ!」

 僕の姿を見つけるなり僕の事をそう呼んだ男の子は、溢れんばかりの満面の笑みを浮かべながらこちらへ駆けてきた。 どうやら子供にすら今の僕は女性に見えるらしい。 化粧の力、恐るべし。


「おかえり。 その格好、気に入ってもらえたかな?」

 僕は男の子と目線を合わせる為にその場にしゃがみ込み、笑みを交えながら男の子に接した。


「うん! ボクの友達もここに来ててね、その子と会ったんだけどね、『女の子みたい』って言われてね、なんかうれしかった!」


「そうだったんだ。 あなたに喜んでもらえて私も嬉しいよ。 ところで時間の方はまだ大丈夫?」


 僕が口にした時間というのは、当店で変身(・・)した後の時間制限の事だ。 この制限時間は文化祭会議の中で一番論判が繰り広げられた議題であり、初期の案は『変身した後はその人の気が済むまで楽しんでもらい、満足したら衣装を返却してもらう』というものだった。


 けれど衣装には限りがあり、変身した全員が全員長時間戻ってこないとなるといずれ衣装切れは必至。 せっかく来店してくれたお客さんが変身を希望しているというのに肝心の衣装が無いとなると、他の変身者が戻ってくるの待ってもらうか、最悪の場合は変身を諦めてもらうしかなく、しかしそれではお客さんに申し訳が立たないだろうという事で、初期の時間無制限案はすぐさま棄却ききゃくされ、より多くのお客さんに僕たちの出し物を楽しんでもらいたいという意見から、次に出たのは制限時間一時間という案だった。


 ただこの案も時間が長すぎるだの、そもそも模擬店の営業時間が三時間しか無いから一時間では無制限とほぼ同様だという懸念の声が上がり、それから一時間案が棄却され――次に四十分案が発案され――諸々(もろもろ)の懸念でこれも棄却され――間もなく三十分案が考案され――この案で決まるかと思いきや、例によって一部の生徒から懸念の声が上がってこれまた棄却され――そうして幾度の考案と棄却を繰り返した結果、二十分案でようやく話はまとまったのだ。


「うーんとね、えーと、九時十五分から二十分間だから、あと五分くらいかな!」

「そっか。 じゃああと五分は遊べるね」

「うん! もっかい友達に見せてくるね、お姉ちゃんっ!」

 

 男の子は制限時間を確認したあと母親にすら目もくれず、僕に背を向けて駆け足気味に廊下を走り去っていった。


「あっ、こら待ちなさい翔太っ! すいません、残り時間五分でしたよね? 時間以内には戻らせますので」


「いえ、制限時間はあくまで目安なので、多少前後しても構いませんよ。 それに、今はまだ子供で変身してる子はあの子だけで衣装にも余裕があるので、あと一五分くらいは遊ばせてあげていても大丈夫ですよ」


「そうですか。 ならお言葉に甘えてもう少しだけあの衣装お借りしてますね。 ――翔太ーっ! そんなに走らないのっ!」


 母親は僕に軽く会釈した後、一人走り去った子供を追う為に小走りでその場を去っていった。 その一連の親子のやりとりを見ている内、いつの間にか僕はあの男の子に過去の自分の幼き頃の姿を重ねていた事に気が付いた。


 もしかすると僕が小さい頃にこうした模擬店なり行事に出くわしていたら、先の男の子見たく親さえ振り切ってはしゃぎ回っていたのかも知れないなと想像しつつ、ある一つの事を願った。 あの男の子が僕見たような人間にならぬように、と。

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