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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第一部 僕と私(ぼく)
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第十話 追憶 8

 果たして当時の僕がどれほど祖母の言葉を信用していたかなどは分かりやしませんが、今では晦渋かいじゅうな言葉を重ね連ねた祖母の言っていた事も、まるっきり的外れではなかったと思えるのです。 何故なら、彼女の言葉は確かに僕の耳底に『言霊ことだま』として届き、『魂』として今もなお心に残っているからなのです。 だからこそ僕は、父の犯した罪を許しはしませんでした。 父は祖母の言うところの『外道』に落ちてしまったのです。 最早彼は、聖人君子として見るに値しなくなってしまったのです。


 ならば母はと、僕にとっての聖母である彼女ならば父に代わってぼくを受け止めてくれるのではと思い立ち、そうして訴えました。 父はああ言ったが、僕はこれからも女の子然として父母を喜ばせたいと。 しかし次に僕が見たのは、父と同じくして外道に成り下がった母の姿でした。


「優紀がね、そうやってお母さん達を楽しませてくれてる事はよく分かってるよ。 でもね、それは女の子がする事であって、男の子の優紀がする事じゃないの。 もう優紀も三年生だし、お父さんの言う通り、そろそろそれ(・・)はやめなきゃ駄目よ。 ほら、あんまり男の子がそういう事してたら女の子に嫌われちゃうよ? 優紀もそれは嫌でしょ?」


 あろう事か母までもが、ぼくを否定しました。 そうして僕の心は聞くにも耐えない音を立てながら崩れ落ち、見るも無残な姿に形を変えてしまいました。


 あの時、父母は確かに言ったはずでした。 「三人目の子は、女の子であって欲しかった」と。 僕はあの時の父母の言葉を、自分の中でそう変換していました。 その言葉を聞いたから、聞いてしまったからこそ僕は、父や母が望む『女の子』を演じていたのです。 いえ、恐らく演じていたのではありません。 父母が望む『女の子』そのものに成り代わろうとしていたのです。


 それを今更言うに事欠いて「男らしくしろ」とは、よくも罪人の口からそのような常人ぶった言葉を何のはばかりも無くさらりとのたまえたものだなと、僕は心の内で父母を唾棄だきしました。 最早彼らを聖人君子などと呼ぶ気はありません。 そして、かつての聖人君子に弓引かんとする行為にさえ躊躇ためらいの一つすら覚えやしません。 当然でしょう。 父母が、他の誰でもないあなた達が、僕をそう(・・)したのですから。 未熟ゆえにかたちを伴わない僕を『女の子』といううつわに嵌め込んで容造かたちづくってしまったのはまぎれもないあなた達の所業だ。


 そもそも、女の子が欲しかったなどという無責任な発言をしておきながらも、はなから父母がぼくに『女の子』を見ていなかったのだとすると、一体ぼくは今まで父母にとって『なに』として映っていたのでしょうか。


『男の子』でしょうか?

 それとも『道化』でしょうか?


 僕はもう、『なに』で在らねばならないのかさえ定かではありませんでした。 けれども本当は、分かっていたのかも知れません。 分かっていたからこそ分からない振りをして、そうやって自身すらもあざむいて、認めたくなかったのだと思うのです。 実際のところ、僕が『なに』で在らねばならないのかなど、改めて自問するまでも無かったのです。


 僕の中に造り上げた女の子というかたちはあくまで父母を喜ばせる為に作った仮面であり、父母にそれを見せる必要が無くなった今、僕は素直に仮面を脱ぎ捨てて元来の性別である男に戻るだけだったのです。 しかし、いざ外そうとしたその仮面は、僕の顔から決して離れてはくれませんでした。 何故なにゆえにこの仮面は、僕の顔を離れてはくれないのでしょうか。 長い年月を掛けてせっせと作り上げてきたこの仮面を破棄してしまう事が今更に惜しくなりつつあるのでしょうか。 それとも、永く仮面を付け過ぎていた所為せいで仮面が顔に癒着してしまったのでしょうか。


 いえ、それにしては、おかしいのです。

 よくよく触れてみると、仮面と顔の境目が、まるで見当たらないのです。

 そして僕は気が付きました。 気が付いてしまいました。

 僕ははなから仮面など被ってはいなかったのだと。


 かねてより僕が仮面と思い込んでいたのは、僕のありのままの素顔だったのです。

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