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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十九話 変身 1

「はいじゃあ次は下地ねー。 今から私がみんなの手の甲に下地のクリームを置くから、それをおでこ、鼻、頬っぺた、あごの五点にまんべんなく置いた後に顔全体に馴染ませてー」


 時刻は七時を少し過ぎた頃。 一年一組の教室には僕たち接客担当六人と、メイクを担当してくれる女子二人と、総括として山野君の計九人が普段より一時間早く登校していた。 化粧担当の二人が諸々の準備をしている間に僕たち接客担当は自分の衣装へと着替えた。


 そして各々(おのおの)の衣装に着替え終えた後、メイド役の男子たちは机と椅子を三つ並列へいれつさせた上でその座席に座り、それぞれの机の上に置いてある置き鏡とにらめっこしつつメイク担当の女子の一人に都度指示を受けながらメイクを進めている――メイクというよりは、メイクの下準備と言うべきだろうか。


 最初は保湿液を顔全体に馴染ませていて、次に化粧下地と呼ばれるクリームを指示された通りに顔に塗り込んでいた。 彼らにとって化粧という行為はこれまでの人生の中で無縁のものであったろうから(僕も含めてだけれど)、竜之介を含めた男子三人は慣れない作業に悪戦苦闘している様子だった。


 それにしても――主に竜之介のせいだろうけれど、メイド服を着た男子三人が鏡に向かって真剣な眼差しを向けている絵面は中々どうして衝撃的だ。 かくいう僕たち執事役も他の人からしてみれば異質極まりないのだろうけれど。


「――ところで、何で僕は竜之介達とは別なの?」

「あー、それは綾乃ちゃんに直接聞いた方が早いんじゃないかな」


 僕の隣でメイクをしていた平塚さんが横目で僕を見ながら、何やら訳あり風な物の言い方をしている。 彼女が口にした『綾乃ちゃん』とは、メイク担当の一人である坂本さかもと綾乃あやのという女子の事で、いつも土井さんと共に行動しているグループの一人だ。 僕のクラスの女子の中ではただ一人の眼鏡装着者である。 ちなみにもう一人のメイク担当の女子も土井さんグループの一員だ。


 その坂本さんが、僕に保湿液の塗り方を個別に教授してからそそくさと教室を出て行って間もなく五分が過ぎようとしている。 何か他の準備でもしているのだろうかと考えながら竜之介達の方のメイクの進み具合を眺めていると、ようやく教室に坂本さんが戻ってきて、僕たち執事担当の方へ向かってきた。


「待たせてごめんね綾瀬くん。 保湿の方はもう終わったよね?」

「うん、言われた通り塗り終わってから五分は経ってると思うよ」

「よしよし、それじゃあ早速メイクに取り掛かろっか! いやー、この日が来るのをどれだけ心待ちにしてた事か」


 坂本さんはやけに嬉しげな口吻こうふんでそう語りつつ、にまにまと笑みを浮かべている。 この態度の根源が、今しがた平塚さんの語った内容に繋がっているらしい。


「あの、坂本さん。 何で僕だけ他の男子とは個別にメイクされるのかな」と、僕は率直にたずねた。 すると坂本さんは片手で眼鏡をくいっと上げながら、


「そんなの決まってるじゃない。 他の男子のメイクの仕上がり具合なんてそれなりでいいけど、綾瀬くんの顔だけは私の手でメイクしたかったんだ。 ――あ~、思った通りのすべすべ肌~」


「……!」


 坂本さんはそう言い切った後、僕の両頬を両手で優しくさすってきた。 先ほどまで教室の外に出ていた為なのか、その指先はえらくひんやりとしていた。 しかし、誰かに顔をはばかりなくさわられるなんてのは、それこそ子供のころ母親にさわられたぐらいのもので、だからこそ僕は坂本さんの大胆な行為にひどく驚いたと共に、慣れているはずもない女性の手の感触を頬に受け、背筋に電流でも走ったかのような衝撃が僕の身体を貫いた。 僕はなすすべもなく、まったく硬直してしまっていた。


「こら綾乃、遊んでないでさっさとメイクしてあげて。 綾瀬くん困ってるでしょ」


 間もなく横合いから、平塚さんと同じく一人でメイクをしていた土井さんの坂本さんを叱る言葉が聞こえてきて、ようやく僕の頬から坂本さんの両手が離れた時にはつい、ほっとため息を漏らしてしまった。


「ごめんね綾瀬くん。 この子、男女関係なく肌のキレイな人を見る度にそんな感じになっちゃうんだ。 って言っても、さすがに見ず知らずの人の顔を触りにいかないくらいの倫理観は持ってるから安心してね」と、続けて土井さんが補足気味に坂本さんの行為の真意を説明した。


 肌の綺麗な見ず知らずの人の顔にはれないからといって、同じクラスメイトという関係だけで異性の頬を遠慮なく撫でさするのは如何いかがなものかと思ってしまったけれど、ことによると先の彼女の行為は僕の肌の調子を確かめる為の必要な手順だったのかも知れないから、変に言及するよりは黙っておいた方が吉だろうという事で、僕は「はぁ」と曖昧な返事をしながらひとまず坂本さんの突拍子もない行動を受け流した。


「それじゃメイクしてくね。 綾瀬くんは結構前髪長いから、ちょっとまとめさせてもらうよー」


 坂本さんは僕にそう断った後、机の上に置いていた大きめの黒いポーチの中からヘアクリップを取り出し、僕の額がまったく露出するよう前髪を横へと流した上でヘアクリップでめた。


 次に彼女はチューブ型の容器をポーチの中から取り出したかと思うと、その容器から小豆あずきつぶほどの量のクリームを指先に出し、それを僕のおでこや頬などの各ポイントに置いた後、そのクリームを僕の顔全体に馴染ませるように塗り伸ばした。


 目の前に人の手が行き来するのはどうも慣れそうになく、それに加えて僕の真正面に坂本さんが座っていて、僕にメイクをほどこす為に少し前のめりになって作業しているから僕と彼女の顔の距離は存外近く、ずっと目を開けていると必然的に坂本さんと目が合ってしまってちょっと気まずいから、僕はひとまず今の作業が終わるまでは目を閉じていようと取り決めた。

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