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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十八話 それは使命か願望か 1

『――どうしてあの時、憲治くんじゃなくて私を選んでくれたの?』

『それがさ、私にもよく分からないんだ』

『何それ、ほんとは憲治くんでも良かったって事?』

『いやいやそうは言ってないでしょ! ――でも、自分でも理由は説明出来ないけど、私はあの人より、あなたの傍に居たかったの。 ううん、私の傍にあなたが居て欲しかったの』

『それは、私の事が好きだったって事でいいの?』

『……ごめん、それもわかんない』

『そっか。 でも、その答えはこれから見つけていけばいいよ』

『見つかるかな』

『見つかるよ、私も手伝うし。 それが、あなたのずっと探してた『好き』だといいね』

『うん。 もしそれが見つかった時は、もう一度あなたに告白してもいいかな』

『もちろん。 その時は改めて私も返事させてもらうね』

『ありがとう。 きっと、見つけてみせるね』


『男の憲治けんじではなく女の藍里あいりを選んだ佑香ゆうか。 女と女、世間の目は彼女たちの想像以上に厳しいかも知れない。 けれど二人はもう、独りじゃない。 未熟ながらも彼女たちは自分たちの足で歩き始めた。 二人三脚の歩みの果てに、何が待ち受けているのかは彼女たちにも分からない。 それでも彼女たちは『好き』という単純でありながら複雑な感情の答えを見つけるまで歩き続ける。 その手のぬくもりを互いに分け合いながら、これからも一緒に』


 おもむろに壇上の幕が下りていくと同時に、暗闇の体育館内に拍手が響き渡った。

 午後は十五時前。 今日は文化祭一日目の舞台メインの日で、今しがた今日の最終の出し物である三年四組の劇がナレーションを最後に大盛況をって幕を閉じたところだった。


 それからしばらくして体育館内の電灯がほのかに明かりをともし始め、下りていた幕が再び上がった。 幕の先には先ほどの劇に出演していた人や裏方で作業していたであろう人たちが整列して並んでいて、全員でタイミングを合わせながら『ありがとうございました!』と礼を言い放った。 それから間もなく、体育館内は再び拍手喝采に包まれた。


『ただいまの劇は、三年四組の皆さんが送る『それでもあなたに惹かれてく』でした。 これをもって文化祭一日目のプログラムを終了いたします。 明日の予定は事前にお渡ししたプログラムを参照して下さい。 明日は一般のお客様も来場しますので、プログラムに表記している注意事項を念頭に行動するよう心がけてください。 出し物の準備があるクラスはこれまで通り十九時を目途に下校するよう注意して下さい。 それでは各自解散してください。 なお文化祭実行委員の皆さんはこのあと体育館内の片づけがありますので、壇上前に集合をお願いします』


 文化祭実行委員の男子生徒が諸々の連絡と解散のむねを告知した後、全校生徒は一斉に体育館出口へと向かい始めた。 僕もその流れに乗って退館し、教室へと向かった。



「最後の劇すごかったよなー。 何かドラマか映画でも見てるような気分だったぜ」


 教室に戻った後、僕達五人は先ほどの劇の話題で盛り上がっていた。 三郎太はえらくあの劇に感心しているようだった。


「ほんとね。 同性愛っていう難しい題材をあの限られた時間にうまく纏めたのはすごいと思うよ。 あれって何かの原作でもあるのかな」


 三年四組の劇『それでもあなたに惹かれてく』は、高校生になるまでただの一度も人に対して『好き』という感覚を抱いた事の無い一人の女子生徒、佑香を中心にえがかれた物語で、物語の途中、自分に好意を向けてくる男子生徒の憲治と、女性でありながら女性を愛する性質を持ち合わせていたが故に佑香の事を好きになってしまった藍里のどちらを選ぶという選択肢で、佑香は藍里を選んだ。


 当初は僕も話の流れ的に佑香は憲治を選ぶだろうと思っていた。 しかしこうしたどんでん返しがあるとは思いもしなかったから、ただただその結末に驚かされた。 その上で、小説家でも脚本家でもない僕たちと同じ高校生がよくここまでの物語を作り上げられたなと感心した一方で、そのあまりの出来の良さから、ことによるとこの物語は一般に知れ渡っていないだけで、知る人ぞ知る既存の秀作を流用したのではと勘繰ってしまったのだ。 しかし平塚さんは僕の言葉を聞くなり大きくかぶりを振って、


「人づてで聞いた話だけど、あのクラスの一人にすっごい小説が好きな人が居て、その人自身も趣味で小説を書いてたらしいんだけど、その人が一年くらい前から自分で書き上げたものみたいだよ」

 あの物語の原作は生徒自身である事を語った。


「へぇー、私達とそれほど歳も変わらないのにあんな物語を作れるなんてすごいよね」

 平塚さんの話を聞いた古谷さんも、何度か首肯しゅこうを繰り返しながら感心している様子だった。


「言うちゃ悪いけど、文化祭の劇言うたらところどころでグダグダで、ストーリーも陳腐ちんぷなもんやと思とったけど、あれ(・・)は確かに出来が良かったな。 むしろ出来が良すぎて怖いぐらいやったわ。 一か月そこらであそこまで完成度高まるもんなんか?」


 普段からあまりドラマや映画などの話題に興味を示さない竜之介にここまで言わせているのだから、あの物語を作った生徒は相当のやり手に違いない。


「これも聞いた話だけど、今年の文化祭開催日の半年以上前から放課後とか休みの日に集まって役の練習とかしてたって話だよ。 受験勉強とか就職活動とかも忙しかっただろうけど、高校最後の文化祭だからかなり気合が入ってたみたいだね」


「なるほどなぁ、そら完成度高いはずやわ。 舞台出し物部門の最優秀賞はあのクラスで決まりやろな」


 当高校の文化祭には各部門に賞がもうけられている。 体育館内での舞台の出し物に関する賞、僕達のクラスのような模擬店に関する賞、その他の賞の詳細は失念したけれど、あの劇は竜之介の言った通り十中八九舞台関連の最優秀賞を獲得するであろう事は誰の目から見ても明白だった。 もちろん僕自身もあの劇の最優秀賞は揺るがないだろうと確信さえしていた。

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