第三十七話 想いは真っすぐ、そして正直に 4
「んで、これも正直に言うとな、俺は席替えの後にユキちゃんと真衣ちゃんとの関係に嫉妬してる千佳ちゃんを見て、このまま千佳ちゃんがユキちゃんの事を諦めてくれればいいとさえ思ってた」
「……」
彼の発言について思うところはあったけれど、言葉にはできなかった。
「だから俺はあの時、ユキちゃんに嫉妬させる為だなんて建前を使って、わざとユキちゃんと千佳ちゃんの仲を遠ざけようとしてた。 露骨に俺と一緒に行動を取るように勧めたり、ユキちゃんとのメッセの時間を減らしたほうが良いとか唆したりしてたあれな」
確かにあの時の三郎太くんは必要以上に私がユキくんから遠ざかるような処置を取るよう私に働きかけていたけれど、まさかあれらの指示の裏にそうした背景が隠されていたなんて考えたり疑ったりもしなかったから、私はひどく驚かされて完全に言葉に詰まってしまった。
「でも、一連の事柄が終わってからこんな事言うのも格好悪ぃけど、そんなずるい真似をして千佳ちゃんとユキちゃんの仲を遠ざけたとしても、それは俺の実力でも何でも無いから、やっぱり心のどこかでその事が引っ掛かってたんだ。 今更あの時の俺のずるさを大目に見てくれなんて泣き言は言わねーよ。 むしろ俺はそれだけ千佳ちゃんの事が好きだったんだ。 何としても俺に振り向いて欲しかったんだ。 だから俺は今こうして正々堂々、千佳ちゃんに告白してる。 こんな歩道の真ん中でいきなり告白した事は謝るよ。 それと、千佳ちゃんがユキちゃんの事を好きだっていう事も知った上で俺が告白した事も。 でも、人気の無い場所で千佳ちゃんと二人きりになれる時なんてこのチャンスを逃したら無いんじゃないかと思ったら、勢いで手を握っちゃってさ。 そんで後はもう、伝えるしか無かったわな。 俺の想いを。 俺が初めて本気で好きになれた人なんだ、千佳ちゃんは。 だから――伝えた」
三郎太くんは私への好意を語り終えた後、彼が私に告白してきた時からずっと繋ぎっぱなしだった手を解いた。 私は思わず「あっ」と声を出してしまった。
彼が手を離して間もなく、彼の手の温もりが次第に私の手の平から失われてゆく感覚に襲われた私は、その温度のすべてが虚空へ溶け出してしまわないよう、受け渡し損ねた硬貨と一緒に包み込むようにしてぎゅっと拳を握り締めた。
それから三郎太くんは少し仰向いて自分の胸辺りを片手で押さえながら「ふぅー」と大きな息を吐いた。 その様はまるで、一種の緊張から解放されたようだった。 私の目には先ほどまでの三郎太くんは至って冷静に見えていたけれど、実際のところ彼は彼なりに緊張していたのだと思う。
でも別に、私という存在に緊張していたと言っているのではなくて、きっと人は誰しも自分が好意を抱いている相手にその気持ちを伝えるとなると、冷静なんかじゃいられなくなると思う。 少なくとも私がユキくんと面向かって告白した時がそうだったから。 (あの時は緊張しすぎて逆に冷静でいられたけれど、後々になって自分のしでかした行動を思い返して、しばらく心臓の激しい鼓動が鳴り止まなかったほどだった)
そして私はこの時、私に対する好意を余す事無くぶつけてきた三郎太くんの積極性と、これまで直接的な好意らしい好意を向ける事もなく私と接してきたユキくんの消極性とを比較してしまっていた。
私が好意を抱いているユキくんと、私に好意を向けてくれている三郎太くん。
どちらの好意も恋愛の括りとして表面上は似ているかも知れないけれど、中身はぜんぜん違う。 私が誰かを好きになるという意思については、たとえその恋が実らなくても、その恋を諦めて別の恋を探せばいいだけ。 ユキくんの時みたいに下手に好意を送ったりせず、一方的に好きになるだけなら誰にも迷惑は掛からないし、何も遠慮はいらない。 でも、誰かが私を好きになってくれる事は、その機会を逃せばそれっきり。 あとでどれだけ後悔しても、その機会は二度と戻らない。
ましてや、真衣のようなコミュニケーション能力も無ければ、玲先輩のような端麗な容姿や優れた人格性も持ち合わせていない何の取り得も無い私などを必要としてくれる異性など、私の人生で一度でも現れるかどうかも分かったものじゃない。 その人生で一度現れるか現れないかも定かじゃない機会が、異性が、今、私の目の前にしっかりと現れている。 その事実は、私の心に波紋を立てるのには十分過ぎる質量を持ち合わせていた。
――いいえ、波紋どころの騒ぎじゃない。 これは波だ。 私の心に永らく浮かべていた、ユキくんの事が好きだという想いを乗せた船を揺ら揺らと揺らめかせる大きな波だ。 これまで様々な波に揺られながらも、多少浸水を被ろうとも、その船は水平を保ってきた。
けれど、今度ばかりは耐えられないかもしれない。 万が一にも転覆してしまえば、もう、私の力ではどうする事も出来ない。 私はユキくんへの想いが深い深い水底へ沈んでゆくのをただただ見守るしかない。 そうして、一度沈んでしまったが最後、二度とその想いを引き上げる事も、そもそも見つけ出す事すらも出来ずに、私の心までひっくり返ってしまうだろう。
だからこそ私は、そうした事態が訪れてしまうのを回避する為に、今この場で彼からの告白を断らなければならなかった――はずなのに、私の口からは一向に『ごめんなさい』の一言が出てこなかった。
どうして。
当初浮かんだどうしてとはまた別のどうしてが、私に思考を迫って来る。
何故私は、三郎太くんからの告白を断れないのだろう。 あれだけ傍で接していながら彼に向けられていた好意に気が付けなかった事に対する引け目のようなものを感じているのだろうか――いいえ、違う。 私達は友達である以上、この告白を断ってしまったら、三郎太くんとはもう友達でいられなくなる事を恐れてしまっているのだろうか――いいえ、これも違う。
じゃあ、一体何が私の彼に対する告白の不承知を拒んでいると言うのだと、私は私自身に乱暴に投げかけた。 すると私の心の声は、いともたやすく簡単に "そんなの決まってるじゃない" と、あらかじめ答えが決まっていたかのような口ぶりで得意げにそう宣った後、その答えを私に突き付けてきた。
"ユキくんと同じくらい、三郎太くんの事も好きになっちゃったからでしょ"
そうして、私はついに認めてしまった。 自分でも気が付けなかった――いいえ、気付かない振りをして、本当はずっと前から知っていた、三郎太くんへの好意を。




