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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十七話 想いは真っすぐ、そして正直に 3

 どうして。


 三郎太くんの告白を耳にした私の頭に真っ先に思い浮かんだその言葉を、私は口にする事が出来なかった。 その言葉を口にしてしまうと、私と彼との関係が、綺麗さっぱり崩れ去ってしまいそうだったからだ。


 三郎太くんはまだ私をじっと見つめている。 その瞳は、私がこれまで見てきた彼のどんな瞳よりも純真で、ただひたすらに真っすぐで、普段の彼には到底似つかわしくない、めらめらと燃え上がるような情熱の灯った瞳。 彼にここまでの態度を取らせているのだから、私も相応の態度で彼にのぞまなければならない事は頭では理解しているつもりだ――けれど、私の心は未だに彼からの告白に驚いたまま、これっぽっちも動いてくれない。


 それからしばらく沈黙が続いた。 私の手を握っていた彼の手がますます熱を帯びてゆく。 そうして彼は再び私の手をぎゅっと握りしめた。

 ふと一瞬、もしやこれは彼の気合の入った冗談なのではと勘繰った。 彼のこの態度までもがいつもの彼の悪ふざけだったのだとしたらそれはそれで大したものだけれど、普段から彼の冗談を間近で見ている私の頭がその可能性を完全に否定している。 ――すなわち、三郎太くんは間違いなく本気で私に告白をしているのだ。


 だったら尚更私は、いずれの答えを出すにしろ、これ以上の沈黙を続ける訳には行かない。 ようやく心が落ち着き始めた。 私は彼に悟られぬ程度に鼻で数度深呼吸した後、彼の手を握り返し、そうして、火傷するのを承知で彼の情熱的な瞳と真っ向から向き合った。


「……三郎太くんは、いつから私の事が好きだったの?」


 開口一番私の口から出たのは、我ながら何とも自惚うぬぼれた言葉だった。


「多分、球技大会の時からだろうな」


 三郎太くんはそれほど前から私の事を好きでいてくれたのかと、私は彼の想いにまったく気が付けなかった事に対する罪悪感のようなものをいだいた。 でも、途中で彼の想いに気が付けていたとしても、私は彼に対し何かをしてあげられたのだろうか。 いいえ、恐らく私は何も行動を起こせなかっただろう。 だって、その時私の心にはもう、好きな人が、ユキくんが居たのだから。


「そっか。 でも、私はユキくんの事が――」

「ああ、よく知ってるよ。 千佳ちゃんがユキちゃんを好きな事なんて」

「だったらっ――!」

「何で振られるのを分かってて告白なんてしたのか気になるよな」


 三郎太くんはまるで私の心を読み取っているかのよう、すらすらと私の言葉の先を言い当ててゆく。 この時点で私は彼の目を直視する事が出来なくなって、あからさまに彼から目線を逸らしてしまった。


「何で俺がこんな無謀な事をしてるのか教えてやろうか? 俺がユキちゃんよりも千佳ちゃんの事を好きだっていう自信があるからだよ」


 それから間もなく三郎太くんの声が耳に聞こえ始めたかと思うと、何の迷いも無く、彼はそう言い切った。 私は目線を戻し、再度彼の瞳を見た。 ――やはり彼の言葉や態度はうそいつわりなどではないという事が、彼の熱い眼差しから如実に感じ取れる。 それから彼は続けて口を開いた。


「俺も最初はさ、千佳ちゃんの事は何とも思ってなかったんだ。 んで、千佳ちゃんがユキちゃんに変な告白した日の放課後、千佳ちゃんが俺に話しかけてきたじゃん。 綾瀬君の友達ですよね、もし良かったら綾瀬君について知ってる事を教えて欲しいんですけど、って」


「うん、そのあとSNSの連絡先を交換したんだよね」


「そうそう。 実は俺、その時初めて千佳ちゃんと喋ったんだけど、なんつーかな、俺の勝手な想像で、それまでの俺の中の古谷千佳っていう女の子は、すごく大人しくて自己主張の弱い子だと思ってたんだ」


 三郎太くんは申し訳無さそうに、私と知り合う前の私のイメージを語った。 玲先輩にも似たような事を言われた事があったし、私自身にそうした性質が宿っている事もずっと前から自覚していたから、変に落ち込んだりはしなかった。


「んでその時に、これまでまったく喋った事も無い俺に、自分の好きな人の事を知る為に自分から声を掛けてくるなんて、この子結構度胸あるじゃんって思い始めて、そこから千佳ちゃんっていう女の子に興味が湧き出したんだ」


 私の手を握っていた三郎太くんの手が先ほどよりも熱を帯びてきているのが分かる。 私はうんともすんとも言わず、けれど応答の代わりに彼の手を少し握り返した。


「それからかな、ユキちゃんに振り向いてもらえるように健気に頑張る千佳ちゃんを見る度に応援してやりたくなって、千佳ちゃんがユキちゃん関連で落ち込んでたら声掛けたり、ユキちゃんが千佳ちゃんに曖昧な態度取ってたら行動起こすようにけしかけてやったりして、何とか千佳ちゃんの恋が実るように俺なりに力添えしてたつもりだったんだ。 だけど――」


 途中までよどみなく言葉を並べていた三郎太くんだったけれど、急に言葉を詰まらせたかと思うと、彼は若干顔をうつむけた。 それと同時に彼の握力が少し弱まってゆくのを感じた。 そのまま手が離れてしまいそうになる。 何故だか私にはそれがたまらなく悲しく感じられてしまって、おもむろに離れてゆく彼の手を追うようにして再度ぎゅっと握り返した。

 すると彼は一瞬目を丸くしてきょとんとした顔つきで私の顔を見たかと思うと、優しく口元を緩めて微笑ほほえんだ。 それから彼も私の手を握り返した後、何かを決意したような表情で真っすぐ私の目を見つめてきた。


「――だけど、球技大会の時のドッジボールで俺が一対三で絶体絶命の時に、千佳ちゃんが俺に声援を送ってくれた事あっただろ? 俺はどうもあの瞬間に千佳ちゃんの事を好きになっちゃったみたいなんだわ。 それからは正直、ユキちゃんが千佳ちゃんに曖昧な態度を取る度にイラついてた。 でも、千佳ちゃんが好きなのはユキちゃんだって事はずっと前から知ってたから、極力そういう気持ちは表に出さないようにしてた――つもりだったんだけど、この前の体育大会の時にそれが若干出ちゃってな、あの時はさすがにちょっとやり過ぎたとは思ってる」


「それって、ユキくんを嫉妬させるとか言ってた時の事?」


「そうそう、あの時にちょうど席替えがあってユキちゃんと千佳ちゃんの席が離れて、逆に俺と千佳ちゃんの席が前後になって、おまけに体育大会のチーム分けも赤組が俺と千佳ちゃんだけだったから、俺のうわついた心が完全に一人走りしちゃってたんだよ」


 なるほどだからあの時三郎太くんはユキくんを嫉妬させるという建前があったとはいえ、いやにユキくんの事を突き放したような態度を取っていたのかと、私は当時不可解だった彼の思惑の真意をようやく知り得たような気がした。

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