第三十七話 想いは真っすぐ、そして正直に 2
「あー、いいのいいの。 ちょうど暇してたとは言えこの寒い中に買い出しに駆り出されたんだから、これぐらいの役得はあっても罰は当たらねーって。 あ、そうだお茶入れるの忘れてた。 俺入れてくるわ」
三郎太くんはそうした楽観事を言い放った後、思い出したかのように席を立ってカウンターの方へと向かっていった。 相変わらずのいい加減さだなと一人失笑をこぼしつつ、けれど、文化祭の買い出しの途中にみんなに内緒で買い食いというのも何だか青春っぽいなと、私は私の思っている以上に心が躍っていた事も素直に認めた。
間もなく三郎太くんがお茶の入ったコップを両手に戻ってくる。 お茶はとても温かくて、冷えた身体に染み渡るようだった。 それから数分後に店員の女性が私達のテーブルへたこ焼きを運んでくれた。 たこ焼きは六個入りで、三郎太くんと半分ずつ食べ合った。 途中、花火大会の時にユキくんがたこ焼きで口の中をやけどした事を彼に話したら、彼はハハハと大いに笑っていた。
「――よし、ぼちぼち戻るか。 さすがにそろそろ帰らないと怪しまれそうだしな」
そうしてほどほどに店の中で駄弁った後、時刻は十八時十分過ぎ。 私達は店を出て学校への道のりを歩き始めた。 夜空は更に黒の深さを増していて、気温も一段と下がった気がする。 でも身体はお茶とたこ焼きのおかげで芯から温もっているから、それほど寒くは感じない。
今日も綺麗なお星様、空を見ながら息を吐く。 雪のように白い息は私の頭上を掠めていって、誰も見ぬ間に夜の闇へと溶け込んだ。
「あ、荷物俺が持つよ千佳ちゃん」
「ううん、そんなに重たくないし大丈夫だよ」
「いいっていいって。 千佳ちゃんに荷物持ちさせといて俺が手ぶらで教室に戻ったりなんてしたらリュウのやつに投げ飛ばされるかも知れねーからな」と言いながら三郎太くんは半ば強引に私の左手に持っていた買い出し用品の入った袋を奪っていった。
「もう、強引なんだから」
「ハハハ、でもこういう時に女の子の持ってる荷物を男が持ってあげるのは定番だろ?」
「それ、口に出して言うと台無しになる気がするんだけど」
私が歯に衣着せずにそう言うと、三郎太くんはまたハハハと大いに笑った。
「あ、そういえばさっきのたこ焼きっていくらだったの?」
私は今更になって、たこ焼きの代金を支払っていない事を思い出した。 店を出る前に三郎太くんが支払ってくれていたのは確かだけれど、私は彼に促されるがまま先に店を出ていたから、いくらだったのかは分からず仕舞いだったのだ。
「あー、いいよ別に。 あそこのたこ焼き安いし」
三郎太くんは例によって俺の奢りだと言ってくる。 体育大会当日の帰り道に、これからはお互い必要以上に気を遣うような真似は止めようと決めたのに、彼はまだ私に気を遣っているらしい。
「安い高いの問題じゃないでしょ。 二人で半分こだったんだから値段も半分こだよ三郎太くん。 それで、いくらだったの?」
私は至って真面目に三郎太くんを問い詰めた。 すると彼はやれやれと観念した様子で空を仰ぎつつ「三百円だったよ」と白状した。
「それじゃ、百五十円ね」
私はその場で足を止め、財布の中から百円玉と五十円玉を取り出した後、それを手のひらに乗せて彼の前に「はい」と差し出した。 三郎太くんは私の手のひらをしばし見つめた後、おもむろに手を伸ばしてきて、私の手の上の硬貨二枚を取ろうとした――かと思いきや、突然彼は硬貨ごと私の手をぎゅっと強く握ってきた。
「えっ? えっ? 何してるの三郎太くん」
思いがけない彼の行動に、私は動揺を隠し切れなかった。 私の心臓の鼓動が次第に荒くなってゆくのが手に取るように分かる。
「なぁ、千佳ちゃん。 俺、前からずっと千佳ちゃんに言いたかった事があるんだ」
私の動揺とは裏腹に、三郎太くんはいやに落ち着いた様子で私の目をじっと見つめながら語りかけてくる。 手はぎゅっと握ったまま。 硬貨の冷たさだけが手のひらに伝わってくる。
そして私は瞬時に悟った。 彼の行動の意味するところを。 けれど、私は十中八九そうに違いないと頭の中で理解しながらも、そんな事はあり得るはずが無いと彼の行動の根源を認めたくも信じたくもなかった。
私は、次に彼の口から語られる内容を知っている。 その答えを知り得た術は読唇術のお陰でも未来予知の賜でも無く、いわゆる様式美という経験則から導き出されたものだ。
彼らしからぬ真面目で真っすぐな瞳。 私の手を握っている彼の手の熱い事。 人気も車の往来もまったく無い歩道の途中、まるでスポットライトみたいに私達二人だけを照らしている街灯――こんなシチュエーションで男性が女性に語る言葉など、最早一つしかない。
きっと三郎太くんは、私にこう伝えてくるはずだ。
「俺さ、ずっと前から千佳ちゃんの事、好きだったんだ」




