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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十六話 下準備 3

「すごいやる気だね。 僕もこの服装に慣れては来たけど、まだちょっと恥ずかしいよ」


「ダメダメっ、こういうのは中途半端に恥ずかしがるから恥ずかしくなるんだよ。 そういう役柄なんだって割り切って、相手を楽しませるだけじゃなくて自分も楽しむくらいの思いでやってれば、恥ずかしさなんてどっか行っちゃうよ」


 平塚さんは妙に確信めいた口調でそう断定してきたけれど、それはあくまで彼女のような明朗めいろう闊達かったつな人となりが備わってこその感覚であって、僕みたような薄志はくし弱行じゃっこう者にはとてもそうとは思えなかった。 だから僕は「そんなものなのかな」となか懐疑かいぎ的につぶやいた。


「案外そんなものだよ。 だって私も役柄にノってないと素の状態じゃあ恥ずかしくて出来そうにないもん。 綾瀬くんも衣装自体はすごく似合ってると思うから、普段の自分は忘れて、役柄にのめり込んでみたら綾瀬くん自身も楽しめると思うけどなぁ」


「役柄にのめり込む、か。 ちなみに平塚さんと土井さんは、男装した女性が演じる執事役っていう役柄になるんだろうけど、僕で言うと何になるのかな」


「そういえばそうだね。 んー、何だろ……。 男装した女性を演じる男性が演じる執事役? あー駄目だ。 なんか自分で言ってて訳わからなくなってきちゃった」


 平塚さんの言わんとするむねは大方理解出来たけれど、なるほど口に出して言ってみるといささか思考の混乱をもよおしそうなほど複雑な役柄だ。 しかし、先の彼女の見解からしてみても、僕はやはり女性として執事役をこなさなければならないという事だろうか。


「ううん、平塚さんの言いたい事は大体伝わったよ。 でも、その役柄でいうとやっぱり僕は男としてじゃなくて、あくまで女性として執事役を演じなきゃならないって事になるんだよね」


「そうなるのかな? 何か改めて考えてみると綾瀬くんだけ妙に難しい役だよねー。 でも、綾瀬くんならそういう役も出来そうな気がするんだけど」


「どうしてそう思うの?」僕はちょっと首をかしげながら平塚さんにたずねた。


「何て言うのかなぁ、綾瀬くんって時々女性みたいな雰囲気出してる時あるから、もしかしたらそういうの得意なのかなって思ったんだけど」


 よもや平塚さんにそうした雰囲気を感じられているとは思いもしなかったから、僕は彼女から露骨に目を逸らしてしまった。 彼女は一体僕の何を見て、僕を女性らしいなどと思ってしまったのだろう。 やけに気にかかってしまったので、


「平塚さんは、僕のどこを見てそういうふうに思ったの?」

 どんな答えが待っているかは分からないけれど、聞かずにはいられなかった。


「そうだなぁ、一番見かけるので言えば、耳に髪の毛を掛ける仕草かな。 綾瀬くんってクラスの男子の中じゃあ結構髪長いほうだし、そういう仕草してると結構目立つんだよね。 千佳も言ってたよ、あの仕草見る度に胸がキュンってするって」


 確かに僕は他の男子に比べると髪が長いほうだ。 もちろん理由もちゃんとある。 あまり髪を短く切り過ぎてしまうと妙に子供っぽくなってしまうのが嫌だからだ。 そして、ほぼ無意識の内ではあるけれど、僕自身がそうした仕草をしている時があるのも心得ていたし、その仕草がいかにも女性らしいと常々(つねづね)感じてはいたものの、古谷さんにさえもそれ(・・)を見られていたのかと思うとちょっと照れ臭くなってしまった。


「まさか二人にその仕草を見られてたとは思わなかったよ」

 僕は精一杯の照れ隠しに軽く顔を掻きながらそう答えた。


「女子は結構人の仕草見てるからねー。 それから他でいうと、動作が静かだよね綾瀬くんって。 他の男子って結構何かにつけてどたばたしてるイメージがあるんだけど、私が後ろの席で観察してても綾瀬くんが椅子引く時とかほとんど音立てないし、扉の開け閉めとかも丁寧だし、そういう点で見たら正直私より女子してるなーって思う時あるもんね」


 これは褒められているのか、それともからかわれているのか。 一向に判然とはしなかったけれど、不思議と悪い気はしなかった。 普段なら無意識的なぼくの所作など引き合いに出された日には、これはあくまでぼくの勝手にやった事で、本来の僕の意思じゃあ無いと心の中で誠心誠意弁明をまくし立てていただろうけれども、今はそうした気持ちすら湧き起らず、むしろぼくの存在があってこその僕なのかもしれないという、ぼくを肯定するかのような意思さえ生まれてきて、その意思に対する感情も、不愉快だと言うよりは、やはり不思議という思いの方が強かった。


 当初は、平塚さんのひょんな発言から女性として執事役を演じる上でのヒントを知る事が出来たから、別段不愉快を覚えなかったのだろうかと勘繰った。 しかし、どうやらそれも違うように思われた。 ことによると、玲さんの懸念していた通り、化粧も何もほどこしていないとはいえ、こうして皆の前で執事服を着衣した状態をあらわにし、女性として執事役を演じるという気概を心の中にこしらえた時点で僕の男のかたちはまた変化しようとしているのではなかろうかと疑いの目も向けた。 しかしあの時とは違い、僕の男のかたちは依然しっかりと容を保っている。 崩れる気色は見受けられない。 それでいて、女の容が勢力を増しているような素振りも無い。


 この不思議な心持の出所は一体何処なのだろうか。 自分なりに心当たりを探ってはみたけれど、それらしい答えなど、どこにも見当たらなかった。


「――なるほどね。 じゃあ僕は、その辺の仕草を意識的にやれれば僕としての役柄をこなせるって事だね」


 なればこそ、僕はその答えを探さなければならなくなった。 その答えが知れたからといって、僕の望む男のかたちが完成するとは限らない。 それでも僕は、玲さんの手元を離れ、一人で歩き始めてしまったのだ。 今更立ち止まる訳にはいかない。 ここで立ち止まってしまったら、僕は二度と玲さんと向き合えないような気さえしていた。 だから僕は、わらにもすがる思いでがむしゃらに歩き続ける。 その先に、どのような結果が待ち受けていようとも。


「お、いつになくやる気だね綾瀬くん。 千佳にいいトコ見せなきゃだもんね。 でも、あんまりのめり込み過ぎないようにはしないといけないよ。 もしかすると新しい扉がひらけちゃうかも……? なんてねっ。 あ、メイドの方着替え終わったみたいだから、私ちょっと見てくるね!」


 平塚さんは意味深かつ演技掛かった口調でそう述べた後、メイド役である竜之介達の方へと歩き始めた。 そうして僕は、彼女の背中を目で追いながら心の中でこうつぶやいた――


 心配しなくてもいいよ平塚さん、その扉ならもう、二年前にけたっきり、ひらきっぱなしになっているから――と。

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