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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十六話 下準備 2

 山野君のからかいにうまく対応出来ないまま、僕は衣装一式を手にトイレへと向かい、個室で着替えを行った。 執事服への衣装変更はメイド服より遥かに単調だ。 僕達執事役が苦労したのはネクタイの締め方ぐらいで(それもすぐに覚えたけれど)、残りの衣装は普通に服を着替えるのと何ら遜色は無く、五分もあれば誰でも余裕を持って着替える事が出来るだろう。 ただ、今回は衣装変更のみで、化粧やウィッグなどは使用しないから、文化祭本番の際の役作りには相応の時間を要する事となるだろう。 その点が楽しみでもあり、また、気がかりでもあった。


 そうして、手早く着替えを終えた僕は教室へと戻った。 執事役の三人の中では僕が一番早く教室へ戻ったようで、僕が教室へ入るなり、まず僕を出迎えたのは「お~!」というクラスメイトからの驚嘆の声だった。 次になぜか一部の女子から拍手が上がって、そのあと僕は拍手を行っていた女子数人にスマートフォンでの写真撮影を懇願され、つんけんと断るのも悪いから僕は彼女たちに対応し、ツーショットで一緒に写真に写ったり、こんなポーズを取ってみてと言われて写真を撮られたりした。


 その時の彼女たちがやけにきゃーきゃーと言ってはしゃいでいたから、まるで有名人がプライベートで街を歩いている際にファンに見つけられ、写真撮影をせがまれているような――いや、これはそのような高尚なものではなく、せいぜいほどほどに名の知れたマスコットキャラクターをとりあえず写真に収めておこうかといった風な、女子特有のノリ(・・)に違いないという断案を下した。

 程なくして僕のマスコット的人気(・・・・・・・・)も落ち着いたところで――今に至るという訳だ。


「いやいや謙遜しなくていいって。 ほんとお世辞とか抜きに似合ってるから。 でもやっぱり背が高いとどんな服着ても絵になるからずるいよなぁ。 俺も綾瀬君ぐらい背が高かったらその役に志願してたんだけど」


 山野君はそう言って僕を褒めつつ、もう少し自身の身長が高ければ良かったのにといった気味に「はぁ」と一つため息を付きながらちょっとうつむいた。 僕の見立てだと山野君もそれほど背が低いという訳でもなく、恐らく百七〇センチは悠に超えているだろう。 僕は中学一年の三学期辺りには今の身長になっていたから、あまり背の高い人を羨むという感情は分からないけれど、先の山野君の発言から推察するに、やはり男性にとっての身長とは男を語る上においての立派な象徴らしい。


 その点から言うと、僕は男として中々に恵まれた体格に育ったと言えるだろう。 僕としてはもう少し低くても良かったとは思っているけれど、さすがに僕の身長をうらやんでいるであろう彼の前でそうした発言はご法度はっとだろうから、口を滑らせても言うまいと心に決めた。


 それから二人で僕の執事服についての話題でしばらく話し込んでいると、教室の引き戸ががらがらと開き、扉の向こうから、僕と同じくして執事の格好をした平塚さんと土井さんが現れた。 それから平塚さんは僕と目が合うや否や、僕の前までつかつかとまっすぐ歩いて来たかと思うと、

「おや、綾瀬くん一番乗りかい? 流石名門貴族の執事を長年任されているだけの事はあるね。 今日はオレ(・・)達も混ぜてもらうよ!」などと、精一杯の低音声とミュージカル張りの大袈裟なポーズを取りながら、完全に執事役に成り切っていた。


 先ほど僕を撮影していた女子グループはまた「おー!」という驚嘆を上げつつ拍手している。 それから例によってまた平塚さんに写真撮影をお願いしていた。 どうもあの女子グループはこうした服装にすこぶる興味があるように思われる。


 平塚さんが写真撮影を行っている間に今度は土井さんがこちらへと近寄って来たかと思うと、僕の姿を見るなり「綾瀬くん、何だか本当の執事っぽいね」と、僕の姿を褒めてくれた。 僕もその言葉を真に受けて「そうかな」などと露骨な肯定は避けつつ満更でもない心持を抱きながら彼女に対応した。 それから土井さんは山野君の目の前で足を止めたかと思うと、


「どう、かな。 似合ってる?」と、しおらしい態度で彼へと語りかけた。

「うん、良く似合ってる」山野君は微笑みながらそう答えた。


 彼からの言葉を聞いた土井さんは、はにかんだような安堵したような表情を覗かせつつ笑みを浮かべていた。 そうして、二人の間を行き交う空気を吸い込んでいる内に僕は心の中でなるほどそういう事かと、ある答え(・・・・)に行き着いた。 文化祭会議の際に時折見せていたお互いの信頼感といい、そして今僕の前に漂っているこの空気といい、二人は既にそういう関係(・・・・・・)(はぐく)んでいたのかも知れない。


「ただいまっ。 いやー、思ってたよりもサイズ感ぴったりで動きやすいね、これ。 何か気に入っちゃったかも」と言いながら、写真撮影を終えた平塚さんが僕達の方へ戻ってきた。


「おかえり平塚さん。 今日初めて衣装を着たのに、すっかり執事役が板に付いてる感じだね」

「執事役決まった時から衣装着るの楽しみにしてたからねー。 それで実際着てみてさらにテンション上がっちゃってさ、もうこのまま本番迎えられそうなくらいだよ」


 平塚さんはえらく執事の衣装を気に入っている様子だ。 いつにも増して調子が良さそうに見える。 やはりクラス全会一致で彼女を執事役に抜擢ばってきしたのは間違いではなかったようだ。

 土井さんは土井さんで、平塚さんとは正反対の静謐せいひつおもむきかもし出しているから、執事の中で唯一男である僕も含めて、執事役はうまく個性が分かれたものだと感心した。

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