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そうして君は僕を知る  作者: 琉慧
第三部 変わる人々、変わらぬ心
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第三十五話 思いはすれ違い 4

 それから僕は午後の授業、放課後の文化祭会議、帰りの電車内、そして帰宅して夕食と風呂を済ませた後の自室でもずっと、昼休みの時の玲さんからの冷酷な視線をふとした拍子に思い出し、その度に心持をくじかれ、精神をがれ続けていた。


 あの時は感情的になってしまっていたからろくな思考が出来なかったけれど、今冷静になって考えてみると、玲さんが僕の心配をしてくれていたのはまぎれも無い事実で、僕はその心配をないがしろにした挙句あげく、まるで玲さんが悪者みたような調子で彼女をおとしめてしまった。 なるほど玲さんがあそこまで怒りをあらわにする訳だと、完全に頭から血が下がり切った今だからこそ、彼女の態度の正当性が理解出来た。 けれど――


"――なんて泣きついてきても、私はもう君の力にはならないから。"


 何もあそこまで突き放さなくたって良かったのにという不満にも似た思いを、僕は確かにいだいていた。 どうして玲さんはあそこまでの敵意ともとらえられる態度を僕に対し呈して来たのだろう。


 そもそも、あの時の玲さんの態度に怒りという感情は含まれていたのだろうか。 あくまで僕の主観ではあるけれども、どちらかというとあれは、放棄や諦念だとかの、諦めに近しいものだった。 そしてあの冷徹な言葉――玲さんは本当に、僕の事を見放してしまったのだろうか。


 ここで僕は、以前に似たような体験をしていた事を思い出した。 それは球技大会の際、怪我をした古谷さんを保健室へ運ぼうとする救護係の玲さんに僕も同行すると伝えた矢先、僕を一喝して突き放してきた時の事で、あの時も中々の剣幕な態度で突っねられたから、僕は完全に玲さんを怒らせてしまったと思っていた。


 けれどその日の夜、玲さんは普段通り僕にメッセージを送ってきた。 それから玲さんの方から電話を掛けてきて、その時に玲さんはまったく怒っていなかった事を知り、肩透かしを食らいながらも心より安堵した覚えがある。


 だから、ことによると今回も、何事も無かったかのように玲さんの方からひょこっとメッセージを送ってきてくれるのではなかろうかと、入浴中辺りまでは淡い期待をいだいていた。

 しかし、入浴後は言わずもがな、二十二時を回った現在もなお、玲さんからメッセージが送られてくる気色は無い。 どうやら、僕が思っていた以上に事は深刻を極めているようで、本当に僕は、玲さんに見放されてしまったのかも知れない。


 そう思った瞬間、寒気がした。 それから胸が締め付けられるように苦しくなった。 しまいには吐き気さえ覚えた。 この時僕は初めて、今日の昼休みに感情を制御出来ず、玲さんに対しそれを爆発させてしまった事をひどく後悔した。


 僕が前を見て歩けるのは、他の誰でもない玲さんのお陰だ。 彼女が僕の足元を照らしてくれているからこそ僕はうつむく事も無く、しっかり前を見て歩けるのだ。 極端に言ってしまえば、玲さん在っての僕であって、最早彼女無くして僕の男のかたちの完成はあり得ない。 そうした、僕にとって必要不可欠な存在を、僕は自ら手放してしまったのだ。


 玲さんが認めてくれない? 玲さんが信じてくれない? 一体どの口が一人前みたような事をのたまっているのだ。 未だに玲さん無しでは恐ろしくて一歩もまともに歩けないくせに、一人前など片腹痛い。 半人前でも烏滸おこがましい。


 だけれど、いくら後悔したところで、あの時の僕の愚鈍な発言を取り消せる訳じゃあ無い。 ならば僕はこれからどうすればいいのだと自身に乱暴に投げかけて、ならいっその事、僕の愚鈍を僕の力で怜悧れいりに昇華させてしまえばいいというだいそれた提案が返ってきた。 ――果たして僕に、そんな男らしい事が出来るだろうか。 それも、玲さん無しで。


 はなはだ不安ではあった。 けれども、ここで僕が玲さんをも納得させる男のかたちを彼女に明示出来れば、玲さんも僕の『男』を認めてくれるのではなかろうか。

 ――ぼくを制御した上での執事役のまっとう。 ――玲さんへの僕の男のかたちの明示。 壁は亭々(ていてい)と高く、そして、限りなく厚いように思われる。 よし満身創痍ながらも登頂を果たしたとして、五体満足で地上に降りられる保証など無い。


 しかし、僕には最早退路すら残されていない。 玲さんという光をうしなっている今、僕に後退という進路は無い。 振り向けば奈落、見上げれば断崖絶壁――なるほどこれが僕が男のかたちを完成させる為に意地悪な神が与えたもうた試練か。


 僕が自らの意思で選んだ道とは言え、僕は神とやらに相当嫌われてしまっているようだ。 けれど、別に嫌ってくれていても構わないし、今更好かれようとも思わない。 ただ僕は、神様おまえの気まぐれにこれ以上(もてあそ)ばれるのは御免だという事だけは声を大にして伝えたい。


 ――あれこれ思いふけっているうちに時刻は二十三時を回った。 やはり玲さんからの連絡は無い。 いや、むしろ来なくて良かった。 今ここで彼女から連絡が来てしまえば、僕は先ほど豪豪ごうごうと燃やした気炎すらあっさり鎮火させて、きっと玲さんに甘えてしまっていた。 およそ今日の件が無くったっても、いつまでも玲さんをたのめる訳じゃあない。 なればこそ僕は今回の試練を尚更突破しなければならないのだ。


 文化祭開催まであと三週間。 僕のこれまでの人生の中でもっとせわしなく、大事な大事な三週間となりそうだ。

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